日本最大の流域面積を誇り、一都五県にまたがる大河・利根川。その最上流にやってきた。
美しい。
思えば当たり前だが、黄河だろうがガンジス川だろうが、どんな大河も最初は清流なのだ。利根川は”日本の河川の長男”として「坂東 太郎」という男らしい異名がついている。(”坂東”とは関東の別名)
たびたび氾濫して関東を水浸しにしてきた暴れん坊の川らしい異名だが、この上流部のルックスだけ見ると「坂東 太郎」というより「二階堂 諒」という出で立ちである。決めた。利根川の源流域の異名は「二階堂 諒」になりました。
源泉探索のため川に降りると、早速大きなヤマメが澄んだ水を滑るように泳いでいた。水があまりに澄みすぎていて、まるで空中を飛んでいるかのようである。
群馬県みなかみ町。群馬からグーっと千葉県銚子に流れ太平洋に注ぐ利根川の最上流。
— 三浦靖雄 (@torinikukaraage) 2019年11月11日
川を探索してる途中に見つけたデカいイワナ(かな?)が美しかった!!#前人未到温泉 #イワナ pic.twitter.com/wk93y4kQxg
ちなみに、ここから利根川をもっと上流に遡るとどうなるか。そう、最終的には当然「利根川の最初の一滴」が現れる。さらに川を辿り、そこから数時間の登山を経て、やっとその「最初の一滴」にたどり着くことができる。水が湧き出す所好きの私としては絶対にいつか行く気でいる。
今回はこの利根川源流域である群馬県みなかみ町での源泉探索と、同じく群馬県の榛名山で「ガラメキ温泉」という野湯探訪を行う。
人工衛星から見つけた謎の源泉
みなかみ町に行くのを決めたので、いつものごとく事前に人工衛星画像を凝視。怪しいスポットをチェックし、目星をつけてから現地に向かう。時間内に行動可能な範囲とルートを考慮し旅の行程を考えるのは毎回地味に大変だ。今回探索する藤原湖周辺の赤外線画像を見てみよう。
人工衛星が捉えた藤原湖周辺のサーモ画像で赤い場所(温度が高くなっている場所)を確認し、その中からすでに見つかっている温泉を引いていく。上記の範囲には「宝川温泉」と「湯の小屋温泉」という秘湯があるので、それ以外が怪しいスポットだ。
見つかっている源泉に対しては地形図や登山地図に「♨」の表記があるので、見つかっている温泉があるかは判断できる。それ以外の赤丸が温泉地でもないのになぜか熱の反応があるところである。今回のポイントはどれも人里に近い。こんなところに湯が湧き出ていればどう考えても資源として利用されているはずだが、一体どうなっているのか。想像を膨らませ、現地へ向かう。
今回もこの事前リサーチがある発見に結びつくことになる!
武尊山の麓の藤原湖へ
登山的な山域の分類としては日本百名山の1つ、武尊山の麓にあたる。武尊山は国名の由来にもなっている日本武尊(ヤマトタケル)が遠征してきたことで名付けられた由緒ある山だが、あまりに奥まった場所にありちょっと地味な存在でもある。
「上毛三山」という群馬県を代表する3つの山を示すくくりがあるのだが、その3つは赤城山・榛名山・妙義山と、同じ百名山である赤城山は入っているのに、武尊山は入っていない。
県民から畏敬を持って親しまれるには富士山や八ヶ岳、桜島、岩手山のように「市街地からもよく見える」という条件が必要だ。しかし、武尊山は群馬県市街地からは主に赤城山が邪魔して見えない。
Wikipediaには「標高2000m以上では唯一、国立、国定、県立のあらゆる自然公園に含まれていない山岳」という表記もある。もうやめてあげて。
藤原湖の周辺を探索してみて分かったが大きな山が多い地域なこともあり、この辺りには非常に湧水が多い。湧水は地図にはあまり記されないので、これも現地で探さないとなかなか見つけることはできない。
しかし、湧水はあれどキンキンに冷えており、温泉がありそうな雰囲気はない。
ではあの衛星画像で赤くなっている地域には何があるのか。核心部へ向かった。
田んぼである。この田んぼが熱を放っているのだろうか。どういうことなのか。
実は、衛星画像で赤く表示される部分は必ずしも「地熱が高い場所」ではない。市街地やアスファルト、そして木がなく地面がむき出しになっている部分でも赤く表示されるのだ。
どんな地面からも熱が常に空に向かって放出されているのだが、草木に覆われていないとその熱がそのまま宇宙に放出されてしまうから、人工衛星から見ると温度が高く見える、とかなんとかという理由が確かあるのだ。(違ったらすみません)
とにかく重要なのは「衛星画像で赤く表示されるのが温泉があることによる地熱の影響なのか、地表の状態のせいなのか行ってみないとわからない」ということだ。
正確にはグーグルアースで見れば地表の状態は事前にわかるが、そこに源泉がないとも言い切れない。なので結局現地をこの目で見るしかないのだ。
この田んぼの周辺でも源泉探索を行ったが温泉の気配はなかった。
次の怪しいポイントに移動しよう。温泉探しはこの繰り返しだ。
この藤原湖の近くには宝川温泉という温泉があるのだが、探索の前日に地域の源泉の特徴(温度や色)を知るべく宿泊していた。
山奥でアクセスが良くはないのだが、巨大な混浴露天風呂があり、それを目当てに外国人観光客が殺到している、非常に人気のある温泉だ。
そして、デカい露天風呂もそうだが、この宝川温泉は熊と一緒に温泉に入れる、という謎の売りポイントもかつてあった。
NHKに当時の映像が残っていて、アップされているのでこちらを見てほしい。すごい映像だった。
『熊のいる温泉(1953年)』きょうの蔵出し【NHKアーカイブス】
(↓こっちからYouTubeへ飛べます)
https://www.youtube.com/watch?v=Jc-I3vVhzco&feature=emb_err_watch_on_yt
小熊とはいえ、おおらかすぎるだろう。
ちなみに肝心の源泉は、ほぼ透明で硫黄臭もなかった。同じみなかみの猿ヶ京もそうだった。しかし、源泉の温度は40℃〜60℃ほどあるらしいので、この時期に湧き出ていれば湯気が立っているはずである。
さて、次の探索スポットにやってきた。
このスポットに到着した瞬間、前方に白いモクモクしたものが立ち上っているのが見えた。上がる。マジかよ!源泉を発見したかと思い興奮して駆け寄ったが、それはただの焚き火の煙だった。
源泉を求めすぎて湯気と煙を空目するまでになっている。
怖い怖いと思ってると何でもないものでも幽霊に見えるという「幽霊の正体見たり枯れ尾花」(※尾花とはススキのこと。)という言葉があるが、その温泉バージョンである。
しかし今回、ここまで何の成果もない。大丈夫か。さすがに心配になってきた。
そんな中、次の探索ポイントでも何の発見もなく、立ち去ろうとしたその時。再び目の前に白く揺れる煙状のものが現れた。
突然アツアツの温泉が現れた。
こんなとこに温泉湧いてることある?ないだろう。誰かがこのタイミングでお風呂流しただけでしょ。と思って静かに見守っていたが、ずっとホカホカしている。
なんてことだ。こんなところで源泉が見つかるとは。こんな道路沿いにあるわけで、もちろん未発見ではないだろうが。
東京の道端に温泉がドボドボ出ていたらテレビに取り上げられて人気名所となって自治体が観光資源として利用しようとやっきになるだろう。しかし、道端の源泉をいろんな角度から写真に納める僕を横目に自動車がどんどん通りすぎていく。草津・伊香保を有するここ温泉大国・群馬県では完全にスルーだ。道端に温泉が湧いていても気にしない世界線に来てしまった。
これは何なのか。周囲を見渡すと音を立てて唸る小屋が目に入った。
明らかにモーターのような機械音が聞こえる。近づいてみると…
なんだその魅力的な文字列は。
どうやら今探索していた別荘地?が実は温泉付きの分譲地で、この小屋は源泉を汲み上げている施設のようだ。そして、余った温泉がこの道路脇に流されている。
この別荘地のあたりもサーモ画像で反応があったので来たのだが、家や道路が多いのが理由かと肩を落としていたが、思わぬ源泉が見つかった!現地に足を運んでみるものである。
赤丸が別荘地のスペース、矢印の先が温泉が湧き出している場所だ。地図上には見ての通りこの源泉に関して何の記載もない。ただネットで調べると、近くに「ホテルサンバード」という宿があり「奥利根温泉」を名乗っている。ここはその奥利根温泉の源泉の1つ、もしくはそこから湯を引いているのか、どちらかだろう。残念ながらネット上にはこの温泉付き分譲地や奥利根温泉の詳しい情報がないのでこれ以上はわからない。
このあとも、さらに北上し探索したが他に成果はなかった。しかし、人工衛星画像を基にこうやって源泉を探し当てていれば、いつか未到の源泉にたどり着けるはず。その確信をより強くした日だった。
謎の野湯「ガラメキ温泉」へ
続いては、少し群馬県を南下して榛名山にある野湯「ガラメキ温泉」へ向かう。前述の通りあの伊香保温泉にも程近い場所にあるが、山深くにあるため、かなり気合を入れないと行けない温泉だ。
「伊香保温泉の近く」で「歩いてしか行けない山の奥深く」にある「野生の温泉(野湯)」で、名前が「ガラメキ」。キャラを詰め込みすぎだろう。
↓以下紹介してますが、危険なので興味本位で行かないでください↓
車を持っていないので榛名湖畔の宿から夜明けとともに歩き始めた。こんな活動をしているくせになぜ車を持っていないのか。
榛名湖畔から朝日を浴びて歩くこと1時間。ガラメキ温泉へ続く道の入り口に着いた。
車で来れるのはここまでで、この先はさらに1時間山道を歩いていく。全く人気のない道を1人歩いていたのだが、突然人の声が聞こえた。この寒い時期に平日の朝から山奥の温泉へ向かう人がいるだろうか。立ち止まって耳を澄ますと確かに人の声のようだ。しかも楽しそうな声。しかし、人影は見えない。
ちょっと恐怖を感じたが、霊的な存在にしては声が陽キャすぎる。あとで調べて分かったのだが、近くにロッククライミングの名所がありそこから聞こえてきていたようだ。
そもそも、ガラメキ温泉とは何なのか。
不思議すぎるカタカタ名だが、wikipediaによれば「「がら女き」や「我楽目嬉」とも表記された」と書かれている。当て字な気がするが「我楽目嬉」とは相当な極楽地名である。
新潟県には「柄目木」という地名もあり、こちらは柳田國男先生の著書に『水辺の字名(あざな)』と書かれているので、沢沿いを流れる温泉地であるこのガラメキ温泉も同じ由来なのではないかと想像する。
元々この「ガラメキ温泉」には温泉旅館が存在し賑わっていたらしいが、1946年に榛名山麓の相馬原駐屯地に米軍が進駐したことに伴い、強制立ち退きとなり次第に忘れさられて、今に至る。
そんな悲運に見舞われたガラメキ温泉だが、完全に忘れ去られてしまったわけではなかった。
温泉旅館はなくなり、地図上に名を残すだけになってしまったガラメキ温泉だが有志の手によってある程度の管理がされている。看板には「相満山史跡研究同好会」とある。(相満山とは榛名山のピークの1つ、相馬山の異字。)
ネット上に情報がないのでどういう方々かは分からないが、皆様のおかげで温泉に入れます。ありがとうございます。
写真の中、岩がゴロゴロ転がっている中にガラメキ温泉を発見した。
湯から何かが水面にのぞいているのが分かるだろうか。実はこのガラメキ温泉、野湯ではあるのだが湧きっぱなしの他の野湯とは違い、人工の湯船が存在している。土管が縦に地面に埋められており、その上に金属製の蓋が置かれている。
「土管が縦に地面に埋まっていてそこに人が入る」というのはスーパーマリオの世界でしか行われていない行為かと思っていたが、ここ群馬でも行われていた。
それはともかく、1つ問題がある。湯船の蓋が開いていて石が入り込んでしまい半分埋まってしまっているのだ。
台風による影響だろうか、かなり瀕死の状態だ。これは、ここまで守ってくれた皆さんに感謝を込めて少し復旧してから入ることにしよう。倒木の方は1人ではどうにもならなかったので、土管の中に入っている石を出来る限り取り除くことにした。
土管は結構深いので石を取り出すのがなかなか大変だが、作業を進めた。…と、その時である。
消えかかっているが「二〇一〇年 ガラメキ」と読める。今から十年前にガラメキ温泉を訪れた人が残したであろう遺物が湯船から出土した!10年の時を経て、先人の入浴の思い出が僕に引き継がれた瞬間である。こうやってガラメキ温泉の記憶は受け継がれているのだろう。その記憶のバトンを受け取った気がした。
ガラメキ石を湯船の脇に祀りつつ掘り出し作業を続け、ようやくそれらしい湯船が姿を見せてきた。澄んでいて美しい。
非常に冷たい。
実は、このガラメキ温泉の源泉は30℃ほどと低温で、さらに脇を流れる冷たい沢の水がトクトクと湯船に注ぎこみ、さらに温度が下がっている。
夏ならともかく、晩秋に入るにはなかなか厳しい温度だ。ただ、土管の下の方から源泉が湧いているようで足下はそうでもない。入ってしまえば下半身は温かくも感じる。
このガラメキ温泉、入ってみて分かったのだが損をしている部分がある。抜け(背景)が良くないのだ。いや、むしろかなり悪いと言える。
野湯の魅力は露天風呂どころではない自然そのものの中で入浴出来ることだが、求めているのはこういうことではない。ここを訪れた人のレポートをネットで見ても大体こういう写真なのだが、これはガラメキ温泉の一面にすぎない。ネットでは見れないもう1つの顔があった。
上の写真の背中側は斜面になっていて、そちらからカメラを構えても湯船を背景と一緒に写すことができない。なのでそちら側からあまり写真が撮られていないのだが、温泉に入っている時に見える光景はこうなっている。
美しい。
日光に照らされた紅葉と静かな沢の流れが相まって素晴らしい景観になっている。内側から見る紅葉というのもいい。おまけに、湯船から上を見上げるとこうだ。
温泉に入ると仰向けになるので上を見がちだ。しかし普通、露天風呂でも野湯でも上には空が抜けているので楽しみ方は同じなのだが、ガラメキ温泉は違う。真上が木に覆われているので他の野湯にはない景色が楽しめる。湯俣温泉や沼尻元湯のような広々と抜けが良くて壮大な景色の野湯もいいが、こちらもいい。
次回は宮城県の蔵王にあるヤバい温泉へ向かいます。
【追記】
2021年にこのガラメキ温泉の看板を作った「相満山史跡研究同好会」の人々と出会うことができました。どういう会なのか、そして整備された後のガラメキ温泉を再度レポートしました↓↓↓↓
【今回の探索のダイジェスト】