今回は初の福島遠征で猪苗代にやってきた。とはいっても東京駅から新幹線で80分、JR磐越西線で40分、合計約2時間。あっという間だ。
今回はずっと行ってみたかった安達太良(あだたら)山にある「沼尻元湯」という野湯ポイントへ向かう。安達太良山それ自体も百名山で有名なのと、沼尻元湯はその登山道の途中、誰もが気づく場所にあるため、野湯好きではな苦とも登山者に知られている温泉だ。
登山道の途中にあるアクセスのいい野湯なので今回は安達太良山への登山と同時に楽しむことにする。
猪苗代駅から登山口までタクシーで30分。女性のタクシーの運転手さんに登山ルートを聞かれたので答えてると、
運「ロープウェーを降りた所にある温泉施設は酸性度が高くて肌に効くから私もよく行ってる。私は大したおっぱいは持っていないが、夏場はブラが蒸れて肌が荒れるのでそういう時に入るとすぐ治る。時間があれば入るといいよ」
と運転手さんに入浴を勧められた。母親くらいの年齢の女性の女性から急におっぱいの話をされて、なんとか「入ってみます」と答えたが、今思えばあの「私は大したおっぱい持っていないが」というのは「(おっぱい山こと)安達太良山みたいに立派なおっぱいは持っていないが」という安達太良山域に伝わるおっぱいジョークだった可能性がある。一応、【ケンミンショー 福島 おっぱい】で調べたが何もヒットしなかったので真偽は分からない。
調べると、確かに運転手さんの言う通り、目指す沼尻元湯を含め、ここら辺の温泉は酸性度が相当高いらしく調べるとPHはなんと2前後だという。お酢がPH3くらいでレモンがPH2くらいなので、相当な酸性度合いである。
沼尻スキー場からさらに奥に砂利道を進んだ先に安達太良山への登山道入り口がある。到着すると駐車場には15台もの車が停まっていた。この日は9月末で紅葉にはまだ早いシーズンだが、さすが百名山だ。
そして、今回の目的地「沼尻元湯」まではこの駐車場(登山口)からなんと30分で着いてしまう。
車を降りてからの所要時間でいうと、これまでに行った野湯の中で最もアクセスのいい野湯だ。しかし沼尻元湯は「アクセスが良い野湯」ではあるが「気軽に入れる野湯」ではない。これが、今回の野湯入浴の重要なポイントである。どういうことなのか、こちらをご覧いただこう。
ついにこういう看板が現れてしまった。「致死性の有毒ガス」というパワーワードが突き刺さる。この有毒ガスとは「硫化水素」のことだ。しかも、この看板の警告はただの脅しではない。
1997年というごく最近に実際、死亡事故が起きてしまっている。これから行く沼尻元湯で起こった事故ではないが、濃霧で道を誤り登山道を外れてしまい硫化水素の滞留した場所に足を踏み入れてしまったらしい。
つまり、場所によっては死ぬポテンシャルのある山域だということだ。
そんな場所にノーガードで行く訳にはいかない。対処法としてまず確認したいのが「風の有無」だ。上記の死亡事故当日は風もほぼ無かったようだが、今日はそよ風が吹いている。たまたまではなく、風がある日だというのを事前に確認して来た。
そして第2に今回は最初から「硫化水素探知機」をつけて行くことにする。
硫化水素濃度が高くなると大音響でアラームが鳴り、知らせてくれる。これまでも硫黄臭の強い場所で取り出してみたりはしていたが、大して反応したことはなかった。こいつが本格的に役に立つときがやってきた。硫化水素は空気より重く下に溜まるので、顔に近い位置につけておくのがいいだろう。
そして、第3の対策は「ガスマスク」だ。身を守るために、この活動を始める際に購入していた。以前、記事に書いたが知識なくネットでガスマスクを買うと大変なことになりかねないので、購入を考えている人は是非みてほしい。
登山というただでさえ危険の多いレジャーのなかで登山道から外れたり、沢を遡ったりとイレギュラーなことをこの活動ではしているので、安全面には十分に気を払いたい。
という訳で登山を開始する。今回のルートは沼尻元湯を経由し安達太良山頂に向かうコースなのだが、安達太良山はさすがの百名山だった。いろんなスポットがあって登るだけでもめちゃくちゃ楽しい。
また、安達太良山の特徴は何と言っても、どでかい爆裂火口である。
デカさが現実離れしている。この火口が噴火するを想像したくないサイズのシロモノである。サイズもそうだが、火口の底の部分がやたら綺麗に平べったいのが、より現実味を薄めている。何も知らずに「ここは今、住宅地を作るために造成しているところなんですよ」とガイドさんに言われたら「へーこんな山奥に!すごいですね」と言ってしまう自信がある。重機を使わず自然の力でこんなに平らになるものなのか。
ちなみにこの火口は実際、たまに火山活動があって危険なため今は立ち入りが禁止されている。もし住宅地が出来たら物件の内見も命がけになるだろう。
そして、安達太良山を”おっぱい山”たらせる山頂、「乳首」が見えてくる。
と、安達太良山そのものも最高だったが、そろそろ沼尻元湯のレポートに移ろう。山頂付近は森林限界(※高木が生えることができない標高。東北だと1600mくらい)を超えているため、荒々しい景色だったが沼尻元湯の付近はまだ森林に覆われている。
…はず、なのだが沼尻元湯の付近だけ白く岩肌が露出しているのが分かる。それだけ温泉の湧き出し方が活発なのだろう。楽しみだ。
細く険しいの登山道を歩いていると、登山道に沿ってパイプが走っているのに気が付いた。
源泉を目指して登山をしているとよく目にするのだが、お湯を運ぶパイプラインである。沼尻元湯の源泉から山麓の沼尻温泉に温泉を引いているらしい。耳を近づけると「ゴーッ」と湯が流れる音がする。本来、硫化水素中毒の危険をおかして入らないと行けない山奥の源泉からこうやってインフラを整備して湯を引いてくれている。温泉成分が内部に付着してすごい勢いでパイプが細まり詰まっていくと聞くし、維持にもかなりの費用がかかるだろう。温泉旅館で快適な環境で温泉に浸かれるのには誰かの相当な苦労があるのだ。ありがたや。
この白糸の滝だが、時期によってはかなり温かいという。この川は硫黄川といって、上流にある沼尻元湯から温泉が流れ込んでいるのだ。温泉が流れ落ちる滝、とはロマンがある。いつか滝壺にも行ってみたい。
そして、さらに登山道を進んでいると前方に湯気が見えた。
パイプを流れてきた温泉が一旦、木桶の中に溜まっている。
送られてきた湯の一部は川へ、残りがさらにパイプで山麓方面へと流れている。調べてもよく分からないのだが、下流の旅館で湯を使っていない時は川へ流して、旅館の湯船に貯める時は湯を麓に送る、という湯量の調整機構なのだろうか。
そこから少し歩くと、山の上からも見えた岩肌が露出している場所に出た。ここが沼尻元湯だ。
登山道の下を流れる川が青白く濁っていることが分かる。温泉の流れる川だ。源泉自体の温度は70℃と高温らしく源泉掛け流しでは厳しいので川の水とうまく混ざっていい湯加減になっている所を探すことにする。
いい場所を探すために周辺を歩いているとワイヤーロープと滑車のようなものを見つけた。 ここを流れる川の名前が「硫黄川」というが、その名に違わずこの沼尻元湯にはもともと硫黄の鉱山があり、採れた硫黄をロープウェー的に運んでいたのだ。
今は石油を精製する過程でたくさん硫黄ができるので、わざわざ硫黄を掘って採掘されていないが、代わりに草津の湯畑と同じように木枠に温泉が流されており、湯の花が採取されているそうだ。
歩いていると川の途中に入りやすそうな場所を見つけた。一旦、温度を確かめようと登山道から2mほど下方にある川に降りてみたのだが、その瞬間に硫化水素探知機がどデカイ音で鳴り響いた。
驚いて探知機を見ると「ALARM」の文字。めちゃくちゃ焦った。何しろまだガスマスク未着用である。驚いて再び斜面を駆け上り登山道に戻ったのだが、その距離約15m(高低差2m)くらいである。登山道上では探知機も大した数値じゃなかったのに、この短距離の移動で一気にアラーム鳴るレベルで硫化水素濃度高くなるの!?
しかも、安全を期してちゃんと風が吹いているタイミングを見計らって降りたのだ。なのに全然、大丈夫じゃない。ほんの少し登山道を外れただけなのに!気のせいかもしれないが、ほんの少し喉がイガイガする。沼尻元湯、マジじゃないか。
これはもうガスマスクの出番だ。
買った時に試しに着用してみたのだが、それ以来初めてガスマスクをつけた。安全な登山道で念入りにバンドを締めてここで装着したのだが、ガスマスク入浴を初めてする時に陥りがちな失敗があるので皆さまに伝えておきたい。もう一度、上の写真を見てほしい。
服を脱ぎ忘れているのだ。
このままでは服を脱げない。「そんなの当たり前だろ」と思っただろうか。でも実際にガスマスクをつけるべき危険な場所に来てしまうとビビって「まずガスマスクつけなきゃ」という心理になって十中八九、先にガスマスクをつけてしまう。これは断言したい。
以前、このブログでも紹介したが、ガスマスクというのは「マスク」と「吸収缶」という部分に分かれていて、それぞれ別売りである。ガスマスクはこの吸収缶部分を取り替えることで対応できるガスの種類が変わる。逆に言うと、ちゃんと硫化水素に対応した吸収缶を取り付けないとガスマスクにはならない。RPGでアクセサリー装備を変えて状態異常から身を守る、みたいな感じである。
それではもう一度、川へ接近してみよう。
この川が温泉になっているのは登山者ならみんな知っているとはいえ、こんな開けた場所をパン1で歩き回るのは気が引ける。実際、川のすぐ脇の登山道はたまに人が通る。ただ凄いのは、みんな基本「やってるやってる」という感じで通り過ぎていくのだ。裸の男がガスマスク姿でウロウロしていても許される、という環境は冷静に考えるとすごいことだ。日本でも有数の”変な人 許容力”を持つスポットである。東京なら1分で捕まる。
まずは硫化水素濃度がどれくらいなのか冷静に測ってみよう。短距離でどれくらい濃度が違うのか。
ところが、やはり川に降りると…
さっきより格段に濃度が高いし、もう降りた瞬間にアラームが鳴り始める。この探知機、硫化水素が10ppmを超えるとアラームが鳴るようになっているのだが、実際、人体に害のない許容濃度が10ppm以下と言われる。10ppmを超えると目の炎症や気管支炎の危険性が高まる。50ppmを超えると頭痛や吐き気を引き起こし、300ppmを超えると意識を失う恐れが高くなり、1000ppmで死ぬ。
ちなみに硫化水素といえばあの強烈な硫黄臭でお馴染みだが、濃度が150ppmを超えると今度は逆に匂いがしなくなるという恐ろしい特徴がある。刺激が強すぎて鼻が麻痺してしまうのだ。怖すぎると逆に笑っちゃう、みたいな話だ。
この場所の硫化水素濃度はこの日、最大30ppmを超えていた。ガスマスクがあるから大丈夫なはずだが、さすがに焦る。硫化水素探知機を川の近くに持っていくとアラームが大音響で鳴りっぱなしになって落ち着かないので、登山道に置いて入浴することにする。
最高である。入ってしまえば最高。源泉はすごく熱いはずだが、川の水と混ざって絶妙な素晴らしい湯温になっている。計ってみると…
湯守に管理されているかのような適温。冷たかったり、熱すぎたりする野湯が多い中、野生の温泉として奇跡的な湯温である。
この美しく素晴らしい温泉が危険と表裏一体なのが惜しいところだ。だが実は事前にネットで検索して調べてみると、ほとんどの人がガスマスクなしに入浴をしていた。だから「一応、安全のため」という意識でガスマスクを持っていったのだが、実際は危険な硫化水素濃度だった。風のない日だともっと濃度は高まるだろう。
わざわざ数万円する硫化水素探知機をもって温泉に入りにくる人はいないので、具体的な数値が分かっていなかった部分もあるが、実際は体に害のあるレベルだったので、是非、ドレスコード「ガスマスク」で安全な入浴をお願いしたい。
↓今回の野湯探訪のダイジェスト↓