「蔵王」ってすごくないか。
今回の旅の舞台は宮城県と山形県にまたがる山、蔵王。
この蔵王という山は非常に特殊な山ではないだろうか。
普通、山は「○○山」と「山」つきで呼ばれる。もちろん、そこにはバリエーションがあって
○○山(やま)→立山・雲取山
○○山(さん、ざん) →富士山・高尾山・比叡山
○○岳(だけ)→宮之浦岳・甲武信岳
○○峰(みね)→霧ヶ峰
○○嶺(れい)→大菩薩嶺
など様々だ。
他にも中国地方では大山(だいせん)、蒜山(ひるぜん)と山が「せん」と読まれるし、四国ではニノ森(にのもり)、瓶ヶ森(かめがもり)と「○○森」と呼ばれる山もある。
そうやって各山が個性を発揮すべく読み方や語を変えてくるので日本の山は多様性がエグくて覚えるのが大変なのだが、とはいえ「岳」も「峰」も「森」も全て「○○山」と同じように山関連の肩書きをケツにつけるルールは一緒だ。
ところが、どうだろうか。
蔵王のケツについているのは「王」である。
いきなりルールが無茶苦茶だ。あの誰もが認める日本の山の盟主・富士山でさえ守るルールを蔵王は無視している。そのルール無視もすごいし、ルールを破った挙句、肩書きが「王」である。やばい。
「蔵王山」という呼び名もあるが、基本的には使われていない。蔵王は「蔵王山」と”山”をつけて呼ばれることが極端に少ない非常に特殊な山なのだ。「蔵王」は蔵王連峰という山の集まりであり「蔵王山」という単独峰はそもそも存在しない。それが大きな理由だ。
そんな”山の王”たる蔵王は温泉に登山に紅葉にスキーに御釜(おかま)に樹氷に雪の回廊…と見どころが多く、東北の山の中でも非常に強力な観光力を有している。当然のごとく日本百名山でもある。さすがは王。
そして本題だが、さらにこの蔵王には表題の通り、とんでもない野湯まである。メジャーなレジャーからこんなコアな趣味までカバーしているとはさすがの隙の無さ!今回はそんなすごい山・蔵王にある可愛い名前とは裏腹の日本有数のデンジャー温泉「かもしか温泉」へ向かった。
やっと本編が始まります。
「三途の川」の先にある”あの世”な温泉
※紹介してますが危険な場所なので興味本位で行かないでください。
東京駅から白石蔵王駅までは新幹線で約2時間。山の王・蔵王はアクセスまでいいのか。
そうではない。残念ながら交通の便がいいのはここまでなのだ。駅から蔵王山頂までバスで1.5時間かかるのは、まあしょうがない。しかし、その山頂方面までいくバスが1日2本しかない。しかも白石蔵王駅を9:38発と10:30発の2本だけ。つまり、朝7時台に東京を出て白石蔵王に着き、始発バス(9:38)に乗って蔵王に降りたら次が帰りの終バスで、52分後だ。
蔵王の山頂には美しい火口湖「御釜」があって観光需要がかなりありそうなものだが、それでも採算が合わないのだろう。なので蔵王は観光バスか自家用車で来るのほぼ2択になっている。僕のような公共交通機関登山勢には厳しい交通事情の山だ。
この日、蔵王は紅葉シーズンだったので1時間半バスに揺られる中、徐々に人が増えて山の麓では満員になっていた。しかし、終バスまで52分しかない中、山頂ではなくこんな山の中腹のバス停で降りるのは自分1人だ。満員の中、前降りとなっているバスの降車口へ向かって最後列からデカいザックを頭の上に持ち上げて「すみません」を連呼しながら押し進んだ。気まずい。
ここから登山道を歩いて蔵王の頂上付近にある「かもしか温泉」へとさらに標高を上げていく。
この時、蔵王は上から下に紅葉のピークが降りてきている時期だったが、この辺りの標高ではちょうど紅葉が見頃を迎えていた。夏山もいいが秋山もいい。紅葉の中を30分ほど進み登山道を抜けると駐車場に抜けた。車を持っていればここまでは車で来れる。
非常に気持ちのいい景色だがこの駐車場、名前が怖い。「賽ノ磧(さいのかわら)駐車場」である。
駐車場の向かいには蔵王寺という寺もあったのでお参りしておいたが、こっちはこっちでちょっと怖い。
蔵王は信仰とも深く結びついており、さらに山の上の方には蔵王神社や刈田嶺神社という神社もある。そして、そこに祀られた神仏こそが「蔵王権現(ざおうごんげん)」であり、それがこの山「蔵王」の名前の由来なのだ。王じゃなくて神だった。
「かもしか温泉」へはこの「賽の磧駐車場」の脇から道が続いているのだが、その先に展望スポットがあるため、この道は途中までアスファルトで整備されている。賽の河原にアスファルトの道が開通するとは鬼さんサイドも寛容である。
「賽の磧」という名前の由来は、蔵王の度重なる噴火によって火山岩や火山礫が積み重なって荒涼とした岩原が広がっていたことからきている。とはいえ、蔵王が最後に本格的に噴火したのはもう100年以上前の話なので、岩だらけという部分はもう少ない。
もうあまり"あの世"感がないので油断していたのだが、帰ってから調べると実はここ「賽の磧」にはリアル「三途の川」も存在しているようだ。下記が蔵王にある「三途川(さんずのかわ)」という名前のついた川の位置だ。
いや、知らない間に三途の川、越えとる!
確かに「川」というか小さな水の流れはあったけど、あれですか!こんなにナチュラルに三途の川の向こう側に行って戻ってくるとは思わなかった。もう少し渡る前に警告してくれよ。
知らず知らずのうちに三途の川を渡っていたらしいが、30分ほど歩くと展望台のような場所に着いた。この辺りはもう標高的に紅葉は旬を過ぎているようで誰もいなかった。アスファルトはここまでで、この先は山道になるようなので、一旦、水分を摂って休憩することに。その時、あることに気がついた。
方向的にも「かもしか温泉」と同じ方向だ。そう、目指すかもしか温泉は火山である蔵王の「噴気孔」のすぐそばにある。あの水蒸気のもとまで近づいて行かないとならない。
蔵王の火山活動は元々「御釜」こと頂上の火口湖を中心としたものだったが、1940年の最後の小規模な火山活動の際にあそこに”新噴気孔”が出現し、今も噴気を出し続けている。「噴火」とは噴煙や噴石が出ることなのであの水蒸気は正解には噴火とは言わず「噴気」である。とはいえ危険な場所には変わりない。
展望台とかもしか温泉の間には深い谷があるため、その谷を降りて川を越えなければならない。谷底まで数百mある深い深い谷をジグザグに降りていく。
谷を中腹くらいまで降りると少し開けた場所があり、そこから谷の向こう側に滝が見えた。
「滝だな」と最初は何も考えず見ていたのだが、ふと思った。あんなところに大きな滝があるのは不自然ではないだろうか。なぜなら、あそこはもう蔵王の頂上付近のはずなのだ。山の頂上付近にできる滝の水量ではない。そもそも山の頂上に普通、滝なんて出来るだろうか。
ここまで考えてあの滝の向こうに何があるのかに思い至った。御釜だ。あの水はおそらく、蔵王の頂上に溜まる火口湖・御釜から漏れて来ているのだろう。
とはいえ、あんな量の水が漏れ続けていたらあっという間に御釜は枯れそうなものだが、1年中、御釜には水が湛えられている。それだけ蔵王に降る雪の量が半端ないということだろうか。
谷をひたすらに下ると谷底の沢に到着した。沢の最上流部とはいえ御釜の水がだだ漏れしている(?)こともあり、水量は結構多い。しかし、この沢にはハシゴを横にしたような簡易的な橋が掛けられているとネットで見た。それを探そう。
ボコボコに壊れとる!
増水時に流されてしまったのだろう。今日は渡渉(川を渉ること)があると思っていなかったので沢歩き用のシューズも持っていない。なんとか濡れないように岩の上をつたって渡った。
この橋もそうだが、かもしか温泉への道は全体的にかなり荒廃している。人通りが非常に少ないのだろう、道が植物に覆われつつあり踏み跡が定かでない。道はどこも非常に不明瞭だ。
この日も温泉までの往復で誰にも会わなかった。GPSで確認しながら歩いているので大きく道を間違うことはないが、それでもよく確めないとルート取りを間違って踏み跡がなくなり引き返すということもあった。GPSがあるので正しい方向は分かるが、正しいルートはよくわからない。
こうやって山に分け入って源泉探索をしていると道にも人や植物のように生まれてから終わるまでの流れを感じることができる。山の中になんとなくよく動物が通る場所が、できて「けもの道」となり、そのうちさらに人が往来するようになると道になる。
一方、このかもしか温泉への道は確実にその一生の終わりを迎えつつある。夏には人が入ってきていたんじゃないかという痕跡はあったが通行量は非常に少ないようで、風前の灯である。
谷を越えて少し歩いていると、硫黄臭がするようになってきた。噴気もはっきりと見える。もうかなり近いぞ。
この小さな沢を渡り進むと、目の前に人工物が現れた。
ここにはかつて温泉施設があった。「かもしか温泉白雲荘」という山小屋で、湧き出る温泉が登山者を癒していたそうだが、1980年に大規模な雪崩が発生して崩壊してしまい、今は建物の土台が残るのみである。ネットで探すと、訪れたことのある方が写真を載せていたが非常に立派な山小屋だったようだ。
木造の湯殿の湯温は丁度良く、とても硫黄臭い泉質であった。
現在の「野湯・かもしか温泉」はその「かもしか温泉白雲荘」が利用していた温泉の源泉にあたる。以前訪れた那須の「飯盛温泉跡」と同じく、再び野生に戻ってしまった系の温泉になる。
Googleマップ上に登録されている「かもしか温泉」とはこの「かもしか温泉跡地」であり現在、温泉はここにはない。
今や地図には載っていないが、かつてこの山小屋で使われていた源泉が噴気の近くにあり、そこが現在の「野湯・かもしか温泉」というわけだ。いよいよ噴気孔に近づく事になる。今日はかなり風が強いが硫黄臭もますます強まってきたので、噴気孔に近寄る前に硫化水素探知機を気にしていた方がいいだろう。
さあ、三途の川の向こうにあるのは天国か地獄か。
噴気が見えるので迷うことはないが踏み跡はますます分からなくなってきている。そうして迷いつつ歩を進めると沢の水の色が濁ってきた。
気になるのは沢の水温がこれまでと変わらず冷たいままだということだ。今日は寒いのでガラメキ温泉レベルの冷たい温泉は厳しいが…。そう思っていると木々の向こうに一際大きく噴気が見えた。
ついに「かもしか温泉」に到着した!
突然、草木が消え、見上げると立ち上る白い噴気、そして荒々しい岩肌に囲まれた閉じた空間。ゴール地点となるのにふさわしい演出とロケーションだ。ずっと見えていたあの大きな噴気以外にも周囲からは小さく噴気が立ち上っており、地獄谷や大涌谷のような雰囲気がある。
そして、近くには明らかに温泉であろう色の水の流れが。温泉がその辺に流れれている光景というのはいつ見ても興奮するものである。
その灰色の湯の流れを辿ると地面にポッカリと穴が空いていて、その穴から湯が湧き出してきているのが見える。これこそが、かもしか温泉の源泉である。
源泉に近づいて分かったが、触るまでもない「ホカホカ感」を感じる。さっきはそんなに温度高くなかったらどうしようと心配していたが、そばにいるだけで熱を感じることができるくらいの温度がある!水温計を湧き出しポイントに入れてみた。
さすが、すぐそこに噴気がモクモク出ているだけあって、むしろこれどうやって入浴したらいいんだ、というレベルの高温の源泉である。嬉しいことではあるが、こんなに熱いのに少し下の沢ではあまり温かく感じなかった。普段、川の支流の温度を確めながら温泉を探しているのだが、すぐ近くに源泉があっても温度では気付きにくいということになる。今後の源泉探索のやり方を改めないとならないかもしれない。
そしてこの源泉湧き出しポイントだが、地表に湧き出ているところの少し先にさらに穴が開いていた。そこからなんと、地面の奥から温泉が流れてきているのを見ることができるのだ。
ワクワクしながら上の穴に近づいてみたのだが、その穴から不穏な音がするのだ。
めちゃ怖い。
地獄の底から聞こえてくるような重低音で水が沸騰する音?が聞こえてくる。マグマがグツグツしている様子が脳裏に浮かんだ。地球の息吹を身近に感じすぎて怖い。是非、最後に載せた動画で音を聞いてほしい。
穴に顔を近づけると凄まじい熱気を感じるとともにメガネが一瞬で曇る。いろいろヤバい物も出てきてそうなので硫化水素探知機を確認してみたが、特に危ない数値ではなかった。
先日行った福島の沼尻元湯では強い硫黄臭を感じて数値を見ると危険な濃度だった。この辺りもとても強く硫黄臭を感じるのだが、匂いの強さと硫化水素濃度はここまで一致しないものなのか。硫化水素の怖いところである。
しかし温度が高いのはいいが、この湯温では触れることすら厳しい。それにネットで見たところでは、どこかに先人の野湯フリークたちによって湯船が作られているようだった。この流れ上にはないことを考えると。やはりあの大迫力の噴気孔の近くなのだろうか。
デカい噴気の方へ近付く途中、もう1つ穴があるのが目に入った。お湯は出てきていないがこの穴からも蒸気が上がっている。そして何より、穴がなんか黄色い。
火山で黄色といえば連想されるのは硫黄である。近くで見ると、これが凄かった!
かつて理科の参考書とかで見たことがあるような綺麗な硫黄の結晶。実際目の当たりにすると、とても興奮する黄色さ&トゲトゲしさである。かつて日本では硫黄の採掘がかなり栄えたと聞くが、こういう場所が何個もあったのだろうか。それにしても、湧き出す温泉に地底から響くゴボゴボ音、そして芸術的な硫黄結晶。かもしか温泉は最高の温泉テーマパークだ。
あとは風呂だ。例の噴気に近づくともう一本、温泉が流れてきている場所があった。
流れの上の方に青いビニールシートが見える。野湯の世界では「ビニールシート=湯船」である。あの先に湯船が作られていると見て間違いないだろう。
予想は当たっていた。温泉沢の途中に岩とビニールシートで湯が堰き止められてできた湯船を発見した。
ついに、湯船にたどり着いた。ビニールシートの感じが少し趣を減じている感は否めないが、おかげで温泉に浸かれそうだ。ただ、場所がヤバい。
迫力がすごい。
いや、いくらなんでも近すぎる!なぜもう少し離れた所に作らないのか。野性味溢れるどころではない。噴気孔からは「ゴー!!」というすごい音を立ててながら蒸気が吹き出ている。
すごい勢いで蒸気が吹き出しているが、よく観察するとヤカンみたいにまっすぐ立ち上るのではなく、渦巻き絡み合いながら立ち上っている。よく見ると余計怖い。 しかもこの日は風が強かった。火山性ガスの危険を考えると風が強い方がいいのだが、あまりに強すぎた。湯船のそばに立って撮影をしていると、山頂方面から吹き下ろすように風が吹いてきた。
噴気が風に流され周囲を覆いホワイトアウトする。これがめちゃくちゃ怖い。特に息ができなかったり熱かったりするわけではないが、本当に視界が0になる。このあとも何度かこのホワイトアウトに襲われるのだが、やはり噴気の中には硫化水素も周囲より多く含まれているようで1度だけ、ホワイトアウトとともに硫化水素探知機が一瞬、鳴ったこともあった。恐ろしい。
とはいえ、ここまで来たからには入るしかない。噴気孔が近い以外は視界の開けた非常に良いロケーションの野湯である。
ただ湯船はかなり埋まってしまっており、入るには中の土砂を掘り出す必要がありそうだ。あれの出番である。
湯船の中に溜まっているのは砂ではなく、粒子の細かい泥だ。噴気孔から流れ出た火山性の成分が沈殿していて、足を入れるとズブズブと沈む。これを外に掻き出すこと10分。入れそうな深さになった。
さっきの熱湯が湧き出ていたところとは違い、どうやら途中で湧水と混ざり合っているようで湯温は40〜1℃、つまり非常に絶妙なお湯加減になっている!素晴らしい。
蒸気が吹き出す音には慣れないが、この稀有なロケーションの野湯を堪能しよう。
ネズミ色の湯船に足を踏み入れると裸足の足が滑らかな泥に包まれてとても心地よい感触だ。腰をかけると目の前に晩秋の蔵王の森が広がっていた。
後ろから流れ込んできている温泉がもう40℃くらいの適温なので熱くなったり冷たくなったりすることもなく、ひたすらに良い湯だ。山奥でたまたま湧いている温泉が奇跡的に良い温度ってすごい。景色も噴気孔に背さえ向けていれば非常に穏やかな光景である。
その噴気孔だが、ドローンで近づいて観察してみると黄色い硫黄の結晶がこちらにも見える。そして、蒸気だけでなく液体のような固体のような白い粒も一緒に噴出しているのが分かる。
湯船の中の泥はあそこから出てきているのだろうか。それにしてもねっとりとした柔らかな泥だ。せっかくだし、塗ってみた。
※どんな成分が入っているかわからないのでやめておいたほうが無難です。
今後、もしも噴火活動が活発化すると近寄ることができなくなる恐れもある。今のうちに入ることができてよかった。
↓【今回の野湯探訪ダイジェスト】↓