今回は本当に予想だにしない出来事が起こった。しかも、すごくハッピーな方向の奇跡だ。運命を感じるレベルの。
時はGW真っただ中の5月1日。令和初日に群馬・草津温泉に来ていた。
人でごった返す湯畑を素通りし、泊まったのは温泉旅館ではなくユースホステルの6人相部屋・2段ベッド。
草津の街は街で最高なのだが、今回の目的は温泉街の公衆浴場でも旅館の露天風呂でもない。草津の最深部に湧いている超秘境温泉「香草(かぐさ)源泉」がターゲットである。
今回は未到温泉の探索ではないので先にダイジェストを置いておく。
(奇跡の内容は入れてない)
動画を見てもらえれば分かるが、文句なし最高の場所だ。これぞ野湯の醍醐味といえるワイルド&ネイチャーな温泉である。
野湯というものに魅せられて温泉探しを始めてしまったが、普段の未到温泉探索では何の温泉にも入れず帰ることになる。新しい温泉なんて基本的には見つからないからだ。温泉を求めれば求めるほど湯から遠ざかる、いわば「温泉探索のジレンマ」である。
それを考えれば、今回は気が楽だ。素晴らしい温泉が行く先に待っている。
5月2日、朝6時半。相部屋の見知らぬ5人を起こさないように宿を出ると、まだまだ草津の朝は冷えていた。東京は春も真っただ中で暑いくらいだったが、ダウンを持ってきてよかった。
ほどなく登山道の入り口に到着。すると、そこには赤いバイクが1台止めてあった。この周囲には民家やお店もない場所なので、バイクの持ち主はここにバイクを止めて山に入ったのだろう。
現在、草津白根山は噴火警戒レベル2が設定されており(2019年5月現在)、山頂火口である湯釜の周囲1kmには立ち入り制限がかかっている。2017年には噴火し一時的に観光客が減る影響が出たことも。
つまり現在、この草津白根山の山頂を目指すような登山はできない。しかも、ここにバイクが置いてあるということは持ち主はピストンする前提である。(※ピストン→同じルートで往復して帰ってくる登山方法)
この登山道を使って別の山に抜けるようなルート設定でもないということになる。
それではこのバイクの持ち主はなぜ山に入っていったのか。
考えるに彼は登山目的ではなく、秘湯を求めて山に来た、野湯を愛する同好の士なのだろう。自分のことは棚に上げるが、GWに一人で野湯ハイクとはかなり奇特な趣味である。
実は、この予想と止められたバイクがこの後、繋がって線となる感じで約3時間後、奇跡が起こる。
野湯の世界に足を踏み入れて日の浅い僕は登山道を歩きながら「意外にに野湯好きって結構いるもんだな」「一人で楽しみたいだろうに、途中で追い付いちゃうと悪いな」と思いながら歩いていたが、後に思い違いをしていることが分かる。
今回の登山道は傾斜が緩やかな距離が多く、いい意味では歩きやすい、しかしその分視界も開けず単調な道でもある。が、しかし、登山道は今回問題ではない。今回のルートの本番は登山道を外れてからなのだ。
今回の目的地・香草源泉は登山道沿いにはない。
これまで北アルプスの湯俣温泉や八ヶ岳の本沢温泉のような、山の中を何時間も歩いていく温泉に行ったことはあるが、それらは登山道でつながっている場所だった。それらの温泉は、そういう意味では「登山」というアクティビティの延長にある温泉だったのだが、今回の温泉は登山道から離れ、川の中をジャブジャブ歩いて、時に滝を登って沢を遡上していかないと辿り着くことが出来ない。
「野湯」というジャンルに本格的に食い込んだ温泉なのである。
そういえば、今回は場所が分かっている温泉なので事前に衛星画像をちゃんと見てきていなかった。後日確認してみると、サーモ画像では温泉がありそうな雰囲気を感じられない。なるほど、こういう温泉もあるのか。温泉探索は奥が深い。
登山道を一時間ほど歩いていると、日本の滝百選に選出されている「常布の滝」が遠くに見えてくる。
滝自体も近くで見ると相当な迫力がありそうだが、実はあの滝の下にも温泉が湧いているらしい。またいつか、そちらも訪れてみたい。
さて、2千5000分の1地形図にも記載のない香草源泉に関してだが、実はかつて、旅館に湯が引かれていたこともあるそうだ。しかし、あまりに山奥にあるので管理が難しく現在は放置されて野湯になっているとのこと。
本来、入浴料がかかっていた湯なわけで、香草源泉の価値を高める素晴らしいエピソードだ。しかし、山奥というロケーションを超える香草源泉の最大の特徴はその泉質にある。
その泉質とは「とても酸性度が高い」ということだ。
草津温泉にはいくつかの源泉があり、温泉街で入れる源泉のいずれも酸性度が高いが、その中のトップが香草源泉である。
酸性度にはPH(ペーハー)という尺度がある。理科で習ったあれだ。
身の回りのものをPHに置き換えると
お酢がPH3(やや強い酸性)
レモンがPH2(強い酸性)
胃液がPH1(とても強い酸性)
そして
香草源泉のPHは0.9だ。
…いやいや、おかしいだろう。
0.9はやりすぎである。胃液を超えちゃダメだろう。
ドラゴンボール世界ならスカウターの故障を疑う数値である。
もちろん胃液のように塩酸が成分、とかそういうことではないので湯に浸かったら体が溶けました、ということにはならないが、ちょっと設定を間違えたような強酸性の源泉だ。確かに旅館にこの湯を引いていたら、長湯して逆に肌がやられる湯治客が出るかもしれない。
そもそも、草津の湯はどれも酸性度が非常に高いので湯が流れ込む川に石灰(アルカリ性)を投入して、川の水を人工的に中和させていると聞く。そうしないと川に生き物が住めないのだ。草津や万座の下流にあたる吾妻川は以前は魚の住めない「死の川」と実際、呼ばれていたそう。
来る途中に見た川もすごく濁っていた。その時は温泉成分で濁っているのかと思っていたがあれは中和用の石灰のせいだったのかもしれない。
人工的に中和させないと下流に生き物が住めないなんて非常にハードコアな温泉である。…高まる!
登山道入り口から1時間半も歩くと、少し標高が上がって雪深くなってきた。その雪面にはやはり、新しい足跡がついている。
そしてついに登山道が沢にぶつかった。ここからは、登山道を外れ、この沢を辿っていくことになる。
そして踏み跡は案の定、川に向かって残っている。やはり先行者は野湯の愛好家のようだ。
ここで登山靴から沢登り用のシューズに履き替える。
※沢歩きの訓練とシューズ以外にも装備を揃えて臨んでいるので、準備不足の状態では決して行かないでください。
先日入った猿ヶ京温泉・赤谷川の死ぬほど冷たい水が頭をよぎったが、全然あれほどではない。前回より標高は倍以上あって周囲も雪景色なのだが、この水温の高さ。いよいよ温泉が近いようだ。
川の名前は「毒水沢」。
1歩踏み出すたびにダメージが入りそうな名前の川だが、温泉地には「毒」とつく地名が結構あるそうだ。毒沢鉱泉なんていう温泉もある。確かに、PH1の温泉が流れ込む川になかなか生き物は住めないので、そういう意味でつけられたのだろう。
かなりの上流ということもあり、沢はかなり険しい。場所によっては岩をよじ登らないとならない場所もある。
そして、最大の難所はこの滝。
普通に考えたらこれ以上進めないが、ここには誰かが設置した登攀用のロープが残されていた。正式なものではないので不安だが、しっかりとした木に固定されているようなのでロープを頼りに登る。
なんとか滝を登り、先に進むと前方に人の姿が。50代くらいの男性である。
ついに追い付いてしまったようだ。
声を掛けてみた。
僕「こんにちは。下にあった赤いバイクの方ですか?」
先行者「そうです!」
やはり、あの赤いバイクはこの方のものだった。
聞くと、岩をよじ登っていかないとならないところなのだが、雪が邪魔で苦戦している、と。試してみると、確かに堅い雪のせいで進むのがかなり難しい。
ここは2人で協力して雪を砕いてなんとか上に登ることができた。
あらためて挨拶を交わし、軽く雑談をしていると、僕が携帯しているGPSよりも高価なガチGPS端末を装備しているのが目に入った。「登山がベースの趣味で野湯もたまにやっている」という人であれば、ここまでの装備は普通は持っていないはずだ。やはり熱心な野湯愛好家なのだろう。
その方は「撮影しながら行くのでお先にどうぞ」ということだったので、先行させてもらった。
川の水はというと、明らかにどんどん水温が高くなってきている。もう温かいと言っていいレベルだ。目的地が近いのを悟ったころ、目の前にこんな場所が現れた。
積もった雪を温泉交じりの沢の水が融かして雪のトンネルができている。この中を膝をついて進むことになるが、もう川の水は20度近くあるようで温かい。これは、温泉テーマパーク状態でめちゃくちゃ楽しい。思わず一人で声が出てしまう。
そのトンネルを過ぎると、目の前に事前にネットで見ていたような光景が広がった。
ついに、香草源泉に到着した!
ここにも滝があり、その脇に源泉が湧いている。
これがPH0.9の源泉か。
そして、その情報を知っていれば当然、ある好奇心が掻き立てられる。
その酸性度を舌で実感してみたい。
思い切って、お湯を口に含んでみた。
口に入れると最初は無味無臭。レモンのように入れた瞬間の酸っぱさはない。意外にそんなものか、とすぐに吐き出したのだが、その後味がめちゃくちゃ酸っぱい!
激辛料理でも食べた瞬間は「そうでもないか」みたいな感じから「ん、あれ、辛ーっ!!」みたいなことがあるが、あの現象って酸味でもあるのか。
一方、滝の直下にはかなり高温の源泉が湧いていて、手を入れると火傷しそうな温度だった。湯気めちゃ出てるし。
今回は温度計を持ってきたので源泉の温度を計ってみる。お湯に差しこむと、どんどん温度が上がる。
やはり、かなり温度の高い源泉のようだ。加水なしの掛け流しでいただきたいところだが、強酸性で59℃の源泉には入れそうにないので少し下の湯船に入ることにする。
湯船とは言ったがこちらも水深は10㎝くらいしかない。とはいえ野湯にきちんとした水深を求めるのは野暮だろう。この水深を楽しむのも含め野湯だ。
最高である。これは最高。
湯加減もいいし、山奥・滝の下・開けた景色と、野湯の醍醐味を高めるロケーションが揃っている。この野趣に魅せられている。これは草津温泉で一番いい湯と言っても過言ではない。
入浴準備をしている時には先ほど会ったバイクの方も到着されていたので、この最高のロケーションでの入浴を共にさせてもらった。
そして、奇跡はここで起こる。
実はこのとき、僕はその奇跡にぼんやり気づきつつあった。そのぼんやりとした思いを確かめるために、バイクの方にこう尋ねた。
僕「普段は山もやられるんですか?」
バイクの方「んーそういう訳じゃないけど。あの私、大原利雄と言う…」
僕「やっぱり、あの大原さんですか!!!!?」
当たっていたことに衝撃を受けて食い気味に返してしまった。そうこの方、あの大原利雄さんだったのだ!
「いや、誰だよ」という話だが、まあ聞いてほしい。このブログで2エントリー続けての奇跡である。
僕がこの活動を始めるにあたって最も影響を受けた方が御二人いて、一人は前回書いた「師匠」こと福田さんで、もう一人こそがこの大原さんなのだ。
大原さんは全国の危険な温泉や、地形図に記載されている謎の温泉マークを目指して入りに行く「誰も行けない温泉」シリーズの著者だ。野湯をメディアで展開した、パイオニア的な人物で、この界隈では超有名だ。テレビを始め、いろんなメディアにも出演されている。
DVDのシリーズタイトルは「前人未湯」。
師匠(福田さん)の本を見て、この未発見温泉の探索活動を思い立ち、「前人未湯」というワードを活動名にしようと思ったのだが、ネットで調べると大原さんのDVDがヒットし、タイトルを変えたのだ。その時に大原さんの活動を知り、資料のため本とDVDを全て拝見していた。
実際、装備は大原さんの活動を参考にしていると3月のブログで書いたばかり。
まだ本格的に活動を始めて2回目。誰もいない草津の山奥でたまたまそんな方と出会うなんて、奇跡としか言いようがない。
八百万の神がいると言うが、野湯をつかさどっている神様もいたのか。
しかし、本の出版は17年前、DVDの発行でさえ10年前だ。それ以降、新作は出ていなかったようなので、もうこの活動はされていないのかと思っていて、気づくのに時間がかかってしまった。
顔の雰囲気やGPS装備、などで徐々に「もしかして…」と思い始めていたが、そういえば本にはバイクで行動している写真も載っていた。
こんなまだ雪も解けていない時期にバイクで野湯に入りに来るのは普通の人じゃないとは思ったが、普通の人じゃなかった。お会いしたかったお二人にこの短期間で会うことが出来てしまうとは。(福田さんとは電話越しだけど)
正直、めっちゃくちゃ興奮した!
ここまで読んで興奮していない人は、休日にゴルフの打ちっぱなしに行ったら、隣のブースでフィル・ミケルソンが打っていた、という状況を想像してほしい。野球のバッティングセンターで隣の打席がケン・グリフィー・ジュニアだった、でもいい。
どうだ、すごいだろう。
2Sでピースサインして写真撮ってもらうだろう。
そういうことだ。
大原さんがここにいた理由はざっくり言うと「仕事」ということだった。詳細は伏せるがドローンを飛ばしていたのも仕事の関係らしい。それにしても、温泉に入るのが仕事の一環とはすごいことだ。
仕事とは知らず、さっき大原さんがドローンを飛ばしていた時に無邪気に手をブンブン振ってしまったが、大丈夫だっただろうか。
本当はこのあと、別の川を探索して帰るつもりだったが、この出会いに興奮しすぎて、帰り道をご一緒させてもらった。なんでも、大原さんはこの1年で温泉探索の活動は終わりにしようと思っている、とおっしゃっていた。僕としては、これからも続けてほしいが、この1年間でまたお会いするかもしれない。
職業がカメラマンということは知っていたが、そういえばこの野湯の活動のことしか知らなかったので、何を撮られてきたのかお聞きしたら「昔、FLASHにいた」ということだった。後で本のプロフィールを見返したら、関わってたどころか、光文社「FLASH」の創業時メンバーと書いてあった。すっかり”野湯の人”という認識だったが、全然違う。業界の大先輩だ。
この日は登山道入り口までご一緒し、連絡先を交換して別れた。
翌日メールを頂き、ある秘湯中の秘湯の場所(GPSログ)を送り頂いた。これは、今年中に行かねばなるまい!
また、そのメールには「明日は〇〇湯に行ってきます」とも書いてあった。
中1日で別の野湯に!?それもお仕事の一環なのだとは思うが、タフすぎである。
今回は本当に運命的な出会いだった。またどこかの湯でお会いできるのを楽しみに活動したい。