新しく見つかった温泉、それが新湯
「新湯」という言葉がある。
人が源泉を見つけて、新しく温泉地ができる事を「開湯」と呼ぶのだが、奈良時代に開かれた箱根温泉や、飛鳥時代に開かれた那須温泉という非常に古い歴史をもつ温泉に対し、新湯というのは「近代に新しく見つかって開湯された温泉」という意味だ。調べる限り日本各地に○○新湯(しんとう/あらゆ)という場所が何ヶ所もあるようだ。
つまり、最近になっても新しい温泉が見つかっているという事。僕のような新たな源泉を探している人間には希望の持てる話だ。新源泉発見は荒唐無稽な話ではないのである。この「前人未到温泉」活動の目的はそんな新湯を見つける事にある。
そこで今回、温泉探索とともに、そんな「新湯」の1つ(しかも野湯)に行ってきた。温泉探索では素晴らしい進展もあったので併せて報告していきたい。
宝の地図をもらった!
なぜ新湯に行くことになったかというと、以前、草津の「香草源泉」という野湯に行った際にたまたまお会いした野湯の大先輩・大原さん(※下記の記事参照)から、その新湯の地図(GPSログ)を頂戴していたのだ。
その新湯は「甘湯新湯」という。甘湯新湯は栃木県の塩原にある野湯なのだが、場所が非常に分かりずらいようで、検索すると「見つからなかった」というレポートが多数ある。湧き出し場所が変わる(?)というような情報もある野湯で、なかなか見つけるのが大変なようだ。地図をもらったからには今年中に行こうと思っていた。
いやいや、みなさん人生で地図を渡されて「ここに行ってみなさい」と言われた経験があるだろうか。そんなRPGやファンタジー世界の話を実際に現実世界で体験できるとは。かなりワクワクするぜ。
富士山の麓で源泉探索
この探索の日は8月11日「山の日」だったのだが、僕は富士山の麓に来ていた。富士山と言っても山梨と静岡にまたがるあのフジヤマではなく、栃木県那須塩原市にある富士山だ。
そう、栃木にあの富士山とたまたま同じ名前の山があるのだ。
まさかの名前かぶりだが、山の名前がかぶっている、というのは全く珍しいことではない。「愛宕山」は全国に100座以上あるし、あの「高尾山」も知らないだけでたくさんある。
同じ名前でも大抵、有名な山は1つなので困ることは少ないが、「白根山」や「駒ヶ岳」のように百名山の中で被っているパターンもある。
しかし、あの富士山と同じ名前を冠するとは本人はさぞ気まずいだろう。歌手になりたい子がいて、もしその子の本名が「美空ひばり」だったら、さすがに所属事務所が別の芸名をつけてあげてから芸能界デビューさせるだろう。でも、山の名前だとそういう訳にはいかない。マネジメントしてあげる人がいないから、そのまま山界にデビューしてしまっている。
何の話だ。
話が反れたが、那須塩原駅からバスに乗って塩原温泉に到着した。初めて来たが東京からのアクセスでいえば草津よりかなり便のいい温泉地である。
まず探索するのは鹿股川という川だ。
この日は暑い日だったが、降りられる場所を探して川べりに行くと、まるでクーラーの中のように涼しい。
5月くらいまでめちゃくちゃ冷たい川の中を歩いていたことを考えると沢歩きに向くシーズンは非常に短いのだろうが、今はベストシーズンだ。
夏の水辺りは蚊が多いと嫌だなと心配していたが、その心配はなかった。ただ、その代わりにトンボがハンパじゃない数で飛んでいた。かなり田舎出身なのでトンボがいっぱいいるくらいでは別段、何も思わないが、ちょっと引くくらいの数だった。飛んでいるのがトンボじゃない虫だったら心が折れていただろう。
こうして支流の水温を確かめながら30分ほど歩いていると、川べりに何かオレンジっぽい変色がある場所を見つけた。温泉を探していると硫黄を連想するオレンジや黄色に反応してしまう。
下の穴からオレンジ色の何かが出ている部分も気になるが、上の方の何か映画「エイリアン」の世界観のような造形も気になる。何だこれは。ちょっと…いや、結構グロい。
そのグロい部分はさておき、下の穴の部分からは少量だが、紛れもなく水が湧き出している。これは…!触れてみると、温かいとまではいかないが、ぬるいという具合。興奮しすぎて湯温を計り忘れたが、30℃前後は確実にある。川の水が19℃なことを考えると遥かに温かい。
遂に!やってしまったかもしれない。急転直下の展開だが、新たな源泉を発見してしまった可能性がある。すごいことになった。
ただ、気になる点はここはまだ人里離れた場所というわけではないことだ。もう数百m川を遡ると「塩の湯温泉」という、山奥でひっそりと2軒の旅館が営業している小さな温泉がある。
なので間違いなく未到温泉だと言えるような場所ではない。それに湯量は非常に少なく1分間にペットボトルが一杯になるかどうかといったところ。湯舟に入れるほどの水量や温度でもないので、悔しいがこの活動における「未到温泉第一号」の称号はお預けにしておきたいと思う。
しかし、誰も知らない(可能性がある)源泉という意味では前人未到温泉にかなり近い存在だ。この活動の大いなる一歩と言っていいだろう。上がるぜ!
ところでこの湧き出しポイントの周りのキモい部分的。そういえば、鍾乳洞にこんなのがある気がする。もしや、と思いネットで調べると、ビンゴ!近くにやはり鍾乳洞があった。推理が冴えている。
源三窟のHPを見ると、この辺りは大昔に湖だったようで温泉由来の石灰分が沈殿したため、この辺りは石灰質を多く含んだ層が広がっているとのこと。石灰分も温泉由来なのか。
※余談だが、こういう地質的な話になったときは、日本全国の地質が網羅されている「地質図Navi」を併せて見ると非常に楽しい!貼っておきます。
温泉成分を豊富に含んだ源泉の湧き出し場所が石灰質の地質と重なるとこんなグロい造形ができるということか。
温泉の源泉+石灰質=グロい造形
誰も必要としていない新たな知見である。
それにしてもフィールドワークでの発見したものを地質情報を見つつ分析することになるとは、うっかり学術的な活動になってきた。
未到かもしれない源泉を見つけ興奮して長くなってしまったが探索に戻ろう。
先ほども書いた通り、この先には「塩の湯温泉」という秘湯が川沿いにあり、このまま川を進むとちょっと気まずいので一旦、一般道に戻り旅館を通過することにする。
道路を歩いていると道の脇に(余分な?)源泉が流されていた。
さっき見つけた源泉ポイントと同じ変色具合である。
温度はどうかというと…
すごく熱い!ここの源泉がこんな熱いなら、さっきの源泉ももっと熱くてもよさそうだが…。まあ、ここらの源泉がちゃんと熱いことがわかった。川の水と源泉の温度差があるほど探しやすいのでありがたい。
地図を見ると、この旅館の並びに温泉神社というものがあるらしい。先日行った那須にも大きな温泉神社があったが、この辺りも信仰と温泉が結びついているようだ。アジサイの咲く階段を登ると、説明板があった。
山奥にある小さな神社なのでそういう作り込みを期待している気持ちはこちらとしては一切ないが、結構な謳い上げ方でハードルを上げてくる。どれどれ。
彫刻が細部まで施されていて、作り込み具合がすごい。まさか、ハードルを超えて来るとは。いいものを見させてもらった。
この後、さらに川の上流へ入って行ったのだが特に何も成果がないまま、滝に行く先を阻まれたので別の沢筋へ移動することにした。
別の沢筋へ向かい一般道を歩いていると謎の看板が。
今歩いているのは舗装された一般道だが、看板が指し示す方は舗装のない砂利道である。バイクの持ち主は歩いて行ったのだろうか。目指す沢筋もこちらの方向にあるので砂利道を進む。
500mほど砂利道を歩くと、驚いたことに森の中に突然、10台以上の車が止まっていた。
テレビ番組の「山奥の行列グルメ」みたいな場所なのだろうか。奥に進むと沢沿いにベンチと茶屋があった。そして、真夏だというのに信じられないくらい涼しい。
思いがけずに最高の場所にたどり着いてしまった。せっかくなので休憩がてら、草餅をいただこう。
さて、お腹も膨れたので今度はこの「甘湯沢」という沢筋を探索していく。川の水温を確かめると、先ほどの沢筋より少し暖かく感じる。そして、ふと橋の上から沢を見るとパイプから沢に水が流れ込んでいるが見えた。
触ってみると、温かい!地形図を見ると「甘湯」という源泉がこの近くにある?ようでそこから湯が来ているのでは。
実は冒頭の「甘湯新湯」はこの「甘湯沢」という沢の上流にある。せっかくなので、まずはこの「甘湯」という源泉を探してみる。
水の流れを辿って歩くと、少し先に小さな小屋が。
完全にこの小屋から湯が流れて来ている。本当に甘湯という源泉はあるようだ。ちなみに水の温度は…
立ち入り禁止の文字と個人の名前が書かれたプレートが貼られている。まさかのプライベート温泉小屋だろうか。羨ましい。
そこからしばらく歩くと、信じられない場所があった。おそらく「甘湯」からお湯を引いてるであろう青いパイプがあったのだが、注目すべきはこの沢だ。
流れる水すべてが温泉という、いわゆる「温泉沢」という激レアスポットだ。しかも、40℃はあるだろうというちょうどいい湯温!そして、ものすごい湯量である。入りたいが、今日はもうあまり時間がないので、この先の甘湯源泉だけ確認しておこう。どれどれ。
温泉沢に直接湯船を差し込んでマイ温泉を作ってしまっている。やりおった。こんなごきげんな設備は世界を探してもなかなかない。幸せが詰まった最高な場所に出会えて感謝である。持ち主の至福の時間を想像すると微笑みが浮かんでくる。
自分も源泉を見つけたら同じものを作ろうと心に決めつつ先に進むと源泉が現れた。
改めて、地面からお湯が湧き出しているというのは本当に不思議な光景だ。しかもありがたいことに健康にもいい。そりゃあ信仰も生まれるだろう。良いものを見た。
さて、いよいよ今回の最終目的である「甘湯新湯」に向かうことにする。
川をさらに遡るため、林道を進んでいく。
写真の左側、林道から見下ろす形で川が流れている。途中から川に降りて他の源泉を探しながら歩いてみたのだが、全く何の手がかりもなかったのでここも省略しよう。源泉探索では省略している部分の方が苦労しているのだが、何も起こらなかったのだからしょうがない。
地図で指し示された場所に近くにつれ、何か人工物の残骸が目立つようになってきた。
ネットの情報では、幾度となく有志の手によって甘湯新湯にブルーシートなどで入りやすいように湯船が作られたそうだが、大雨が降る度に流されてしまっているそうだ。この残骸はかつて甘湯新湯を訪れた先人の苦労の跡なのだ。
しかし、問題の甘湯新湯だが意外に見つからない。何度も、もらったGPSログと現在地を見比べながら位置を修正していく。これ、地図無かったら本当に見つからないやつだ。
かなりあちこち歩いた後、川の脇に茶色く変色した箇所を見つけた。
源泉あった!あった!…けど、なんかすごいチョロチョロしか出てない!
もらったログを見る限り、ここで間違いないように思えるがあまりにもヘボい!ブルーシートで湯船を作ったからってこの温度と湧出量ではあまりいい湯にはならないだろう。
てっきり最後は湯に浸かってから帰る気でいたが浸かれるようなものではなかった。野湯ではタイミングによって湯量や温度が違うこともあるようだが、運が悪かったのだろうか。それとも、他にも湧き出しポイントがあるのかとも思ったが、夕暮れに差し掛かったので更なる探索は諦め、何か釈然としないままこの日は帰路についた。
あれは本当に甘湯新湯だったのか、ログをもらった大原さんにメールで画像を送り確認してもらった。すると返答は…
「行ってみないとわからないが、画像を見る限りどうも違うようです」
ええええええ!!!違うの!?
大雨などで地形が変わっている可能性もあるが、甘湯新湯の手前ではないか、と。
何ヶ所か湧き出しポイントがあるという報告もネット上にはあったが、今回見つけたのは甘湯新湯のメイン源泉ではなかったのか!?なんてこった。
見つけた源泉が甘湯新湯だったのかどうか、これは再チャレンジするしかない。もっと気温が下がってから行けば湯気で分かりやすいかもしれないし。
【追記】 ↓予告通り数ヶ月後、甘湯新湯にリベンジしました!↓
次回はダイナミックな野湯を求めて福島県に行きます。
↓今回のダイジェストはこちら↓