前人未到温泉

秘湯どころじゃない、人類未発見の温泉(源泉)を探して”史上一番風呂”に入ります。

人工衛星で発見!九州山中の噴気に行ったら謎野湯に到達【TV取材・前人未到温泉】

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「前人未到温泉」第一号へ

いつものように人工衛星サーモ画像を片手に温泉探索を行うエリアを検討していた時だった。九州でサーモ反応のある場所周辺をGoogleEarthに切り替えて凝視していると、森の中に違和感のある「白」が目に留まった。

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こ、これは…!

おそらく噴気。見つけてしまった!しかも結構大きい。ただ問題は噴気なんて目立つものが未発見なんてことがあるのか、ということ。調べていくとマップで確認できる最寄りの建物からは7〜800mも離れた山の中に突然あること、地形的に谷底にあるため周囲からは見えにくい位置にあるらしいことが分かった。何より重要なことに、この場所に噴気・野湯があるという情報はネットに一切ない。ゴクリ…!そしてもう1つ。噴気があるらしいこの谷底には上図のようにちょうど川が流れているのだ。

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はい、野湯確定。「噴気+川」の組み合わせは因数分解すると「(熱+温泉成分)+(水+流れ)」だ。単に噴気(熱+温泉成分)があるだけだとお湯がなくて野湯として入れない可能もあるが、そこに川が流れているなら間違いなく噴気の熱で温泉になっている。野湯界の"確定演出"である。ピカピカピカピカ!Sレア確定だ。この場所に行くことで「未発見の温泉を見つける」というこの活動の悲願が叶うかもしれない!この場所が今回のメインターゲットである。

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こんな刺激的な場所ある?

『九州で前人未到温泉を探しませんか?』

そう福岡のテレビ局の情報番組から連絡があったのは2020年11月のことだった。「僕がいつもやってるやつは道なき道を歩いたりするので、そんな気軽に行けるやつじゃないですよ」と返すと「普段、無人島を開拓したりしてるチームなので今回もしっかり装備を揃えて挑むつもりです」と返答があった。どんな情報番組だよ。なぜこの話をしたかと言うと冒頭の噴気はこの番組で行く探索地を探していた際に発見したものなのだ。今回はこのRKB毎日放送「タダイマ!」のロケで九州の温泉探索を行ってきた。

rkb.jp

その後は【テレビで温泉探しを行うにはコンプライアンス的に何をクリアすべきか】【野湯をメディアで扱うにはどんな注意点があるか】【どこへ探しに行くか】そんなメールでのやりとりがしばらく続いたものの、時はまだコロナ禍・第3波の真っ只中。実際に九州へ行くまでには最初のメールから1年を要した。

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飛行機で

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まずは大分に来ました

企画の構成は九州の野湯に行きつつ、出来れば未発見温泉も探すというもの。このブログでもそうだが温泉探索だけだと何も見つからなかったときに詰むので保険が必要なので当然である。そもそも九州の野湯自体にまだ1つも行けていない僕には温泉も探せて野湯にも行けて願ったり叶ったり。というわけで冒頭の噴気を探す前に大分の有名野湯へと向かった。

大分・別府「鶴の湯」

僕がわざわざ説明する必要もない温泉大国・別府にある超有名野湯。「へびん湯」「鍋山の湯」と並び別府三大秘湯と称される。(※鍋山の湯は現時点で問題なく開放されているか分かりません)。ボランティアの方々によってしっかり整備されているし立派な湯船もある。そういう意味では野趣を楽しむ本来の野湯とは趣向が違うが、公衆浴場のように施設として運営されているわけでもないので野湯には違いない。野湯を一般人、温泉旅館を芸能人だとすると、「鶴の湯」は事務所に所属していない一般人だがフォロワーは多くて界隈では知名度のあるインフルエンサーといったところだろうか。いや、この例え全然分かりやすくなってない。書いててびっくりした。

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「別府三大秘湯」というだけあって野湯なのに全部Googleマップに載ってる

鶴の湯 別府三大秘湯 朝日 ススキ 湯けむり

鶴の湯から少し山を登った地点。朝日、別府湾、湯けむり、ススキ。すごくいい。

ロケはRKBの井口謙アナウンサーとともに進行する。当然のごとく野湯は初体験だという。野湯初体験が「鶴の湯」というのは野湯の入り方として間違っているような気がしないでもないが、登山で言うと初登山が「富士山」なのと一緒か。特殊性的に。そう思うと入門としては悪くない、むしろスタンダードな入り方なのかもしれない。よく考えたら僕も初登山は富士山だった。

鶴の湯 別府三大秘湯

山の麓の美しい立地に鶴の湯はある

鶴の湯 別府三大秘湯 野湯 湯船

これが鶴の湯。見えている湯船の奥にもう1つ湯船があり、そのさらに奥に源泉が沸いている。

今まで入ってきた野湯とは明らかに違う整然とした佇まい。立派な湯船に腰を休めることのできる簀の子、そしてしっかりと手入れがされた周囲の植物。全部、温泉旅館の露天風呂で見るやつだ。日本で一番整えられた野湯なのではないか。

鶴の湯

桶もあれば

鶴の湯 野湯 脱衣所

オープンではあるが脱衣所もある

鶴の湯 別府三大秘湯 野湯

しかし野湯であることに間違いはないようだ。本人もそう言っている。

まだ朝8時台だったかと思うが湯船にはすでに数人の方が入浴をしていた。さらに湯船を掃除されている方がいたので話を聞くと、この鶴の湯をボランティアで清掃維持されている萱嶌さんという地元の方だった。でも3つの湯を掃除するなんて大変だろうなと思って聞いてみると…

ミウラ「へびん湯と鍋山の湯も萱嶌さんが清掃されているんですか?」

萱嶌さん「いやそっちは知らんよ」

そうなの!?意外に縦割りで管理されているようだ。

鶴の湯 別府三大秘湯 野湯

これが無料。すごい。管理されている皆さまのおかげです。

話を聞くと一応の作法があるようで、まずは湯船の下流で流し湯を行うべし、とのこと。なるほどだからさっきの場所に桶がいっぱい置いてあったのか。流し湯のスペースまで作られているとは。

湯船の下流に流し湯スペースがあり、それから先は地面を掘って作った溝にお湯が流されている

この場所には「風呂の栓」のような板があり、これを挿すかどうかで湯船に滞留するお湯の量が変化し湯船の温度が調節できるようになってるとのこと。鶴の湯には職人がいる。

流し湯を終えて入浴するとそこは絶妙な湯加減。湯船の4mほど上流にある源泉で温度を計ると45℃。奇跡的な湯温の源泉だがそれが湯船までゆっくりと流れてくる間にもう少し温度が下ってちょっと熱めの銭湯くらいの素晴らしい湯加減になっている。

鶴の湯 別府三大秘湯 野湯

これが野湯!

この姿を見ると想像できないが、この鶴の湯も元はただ源泉が湧いて流れ出す自然のままの野湯だった所からここまで整えられたのだという。鶴の湯は萱嶌さんら別府市民の温泉愛が顕在化した野湯なのである。ありがたや。こんな素晴らしい管理をされているならお金を入れる箱を作って自由に寸志を入れてもらってもいいんじゃないですか?と萱嶌さん問うと「そうしてたこともあったけど盗んでいっちゃう輩がいたのよ」と。見えないところに苦労もあるようだ。そしてこんなことも萱嶌さんは言っていた。

萱嶌さん「ここはガスも出てるから、あんまり長湯してると後でクラっとくるから気をつけなよ」

…ガス?確かに立ち込める硫黄臭。源泉に探知機を近づけてみると問題なさそうな濃度だが確かに硫化水素ガスが出ているようだ。源泉から少し離れた湯船ではほとんど検知はされないが、風向きによっては流れてくるのかもしれない。長湯してたらクラっとするというのはリアルだ。

鶴の湯 硫化水素

源泉の硫化水素濃度。10ppm以上は気をつけよう

鶴の湯はとても特殊な場所だ。旅館の浴場で知らない人と話しこむことなんてめったにはないが、鶴の湯では普通に今出会った者同士がフランクに話している。地元の人、ネットを見てやってきた人、全国を回る旅人などなど…。人と人がたまたま湯船で出会い話が膨らむ、それは紛れもなく野湯の文化の1つだ。この光景を見て鶴の湯はやはり野湯なのだと確信した。心の壁をほぐす野湯の良さと綺麗で整った公衆浴場の良さのいいとこ取り、それが鶴の湯だった。

鶴の湯 別府三大秘湯 野湯

風呂場であり社交場

体も暖まったので帰ろうとしていると一台のバイクが近くに止まった。その男性は一度湯船を見に来たがその後はバイクの周辺で時間をつぶしているようだったので帰りがけに「入らないんですか?」と聞くと「昼間になると湯船の周りでおじさんたちが将棋を指したりしてるんですけど、その風景が好きで。風呂に入りに来たというよりそれを見に来たんです。」とのこと!源泉があって湯船がある、それだけではない文化のある野湯だった。その風景みたい!

別府温泉で見つけたかっこいい析出物

噴気目指して前人未到温泉の探索へ

そして次の目的地はついに冒頭で書いたあの噴気?だ。場所を詳しく伝えることは出来ないが、テレビの取材として入るので山に入る許可を事前に番組に取ってもらったところ、どうやら私有地ではないことがわかった。自治体の許可をもらってついにその山域へと足を踏み入れた。

緩やかな川だが取材なので山岳ガイドさんにも同行してもらった

同行してもらったガイドさんはこの辺りの山もよく知っているそうだが、ここに噴気や野湯があるということは聞いたことがないという。きたよきたよ!

九州の紅葉も初体験。こんなところで初体験するとは。

噴気があると思われる沢を少し下流から遡っていくのだが、この沢が明らかに温かい。山の中で出会う沢というのは夏でも結構キンキンに冷えているものだがそれらとは一線を画した温かさ。噴気があると思われる場所まであと数百mという地点で測ると20℃近い温度を示した。もはや温泉沢と言っていい水温だ。この時点で野湯に入れることは確定した。

上流に進むにつれ温泉成分と思われる岩の変色も強くなっている。何よりうっすらと湯気が視認できるようになった。

この先に温泉があることは間違いない。心が弾んだがそれと同時に不安な点も出てきた。進むにつれ沢のあちこちにブルーシートの切れ端が引っかかっているようになったのだ。ブルーシートというのは野湯の世界では湯船の主原料として知られている。温泉が流れる沢にブルーシートがあるということは先人がここに湯船を作り、それが大雨などで流された結果という可能性が強く疑われる。まさか…。

道なき道だが、ブルーシートはある。

しばらく進むと、うっすらと湯気の立ち上る沢を進む我々の前についに白い壁が見えてきた。狙い通りそこに噴気はあった。道のつながっていない山中である。

九州 野湯 噴気

人工衛星で見つけた謎の噴気にアプローチ。こんなアガる体験が他にあるだろうか

そして匂いも完全に温泉地で嗅ぐあの硫黄臭だ。硫化水素検知機を確認しながら噴気の元へと近づくとついにそれは現れた。

目の前には白の世界が広がっていた

ついに到着!

川の真ん中からゴーという音を立てて噴気が噴気が7〜8mの高さまで上がっているだろうか。壮大な光景に胸が高鳴る。迫力と匂いの割には硫化水素検知機は0ppmを指したまま。匂いの強さとH2S濃度は比例しないものだ。目の前で立ち上る噴気は恐ろしいほどの迫力だが、とりあえずガスマスクの出番はなさそうでよかった。この景色に我々全員が息を呑んだが、その一方で最も見たくないものを見てしまった。

お湯を引いているらしきパイプがある…

おそらく近くの里にお湯を引いている引湯管なのだろう。あってしまったか。実はここに来るまでに管を所々見かけた。嫌な予感がしたが管は途中で途切れていて噴気が近づくと見えなくなったので、かつては源泉として使われていたのか、と想像していたが普通に現役だった。前人未到温泉発見ならず。非常に残念だ。ただここが素晴らしい野湯であることに疑いはない。源泉地なのであれば尚更、本来は無闇に近づくべきではない場所である。今回はありがたいことに許可を頂いているのでこの野湯を堪能させてもらう。

源泉地帯からは高温の湯が湧き出ている

噴気のそばであれば川の水とうまく混ざったいい湯加減の湯船を作ることもできそうだったが、さすがにちょっと怖いので安全面も考慮して少し離れた場所を入浴ポイントに決めた。

野湯 九州

ここを我々の湯船とする!

27.4℃ ちょっと低いけど!

井口アナとともに服を脱いで足を踏み入れると、川底の土の中の方が水面よりも温かいことがわかった。よく見るとプクプクと気泡が出ている場所もある。足元からも僅かに温泉が湧いているようだ。

ちょっと寒いが入ればなんとかなる。深さも十分。

場所によって湧出量に違いがあるようで位置を変えると温かさに違いがある。こういう時はより温かい所を探して浸かるのも野湯の面白さだ、そう井口アナに話して一番温かかった浅瀬の地面に抱きついた。前人未到温泉を発見することはできなかったが、遠隔で見つけた情報のない野湯にたどり着けて最高の入浴だった。

野趣も水量もある良い野湯だった

噴気をバックに湯川に浸かるダイナミックさ

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この噴気は近くの温泉地の熱反応の近辺を探していた時に発見した。ただこの噴気の場所自体にはなぜか熱反応はない。サーモ画像が撮られた後に新しく出た噴気なのだろうか。

熊本・湯田温泉「中湯」

次の目的地は熊本。今回は福岡の番組(放送地域は福岡・佐賀)ということで九州の北半分での温泉探索&野湯巡りとなっている。そういえば九州の野湯事情として不思議なことがある。これだけの温泉大国で源泉数もハンパないのに「山の中にポツンと湧くほぼ自然のままの野湯」というのが鹿児島以外には非常に少ないのだ。あるのかもしれないが少なくとも僕はほとんど知らない。東日本にあるそういうタイプの野湯数を考えると、どう考えてもおかしい。九州人は温泉が好きすぎて野湯を野湯のまま放置せずに全部の源泉の近くに住み着いてしまっているのだろうか。

熊本に到着

向かうのは熊本の南小国町にある湯田温泉・中湯。自然のままタイプではなく、集落の中にある逆に珍しいタイプの野湯である。そこは今までに訪れた野湯とははっきり違っていた。いわゆる温泉地ではない、普通の集落。

近くに野湯があるとは思えない風景

熊本 湯田温泉 中湯

知らなかったら絶対に気づけない入り口

人が一人通るのがやっとの細い路地を通る。するとそこには田舎でたまに見る防火水槽のような趣で水を湛えた場所があった。これが湯船だ。

熊本 湯田温泉 中湯 野湯

ほとんど入浴には使われていなさそうな外見

この「中湯」は昔から切り傷や皮膚病に効くということで湯治に利用されたいたが、現在では近くに温泉施設があることもあって今ではあまり入浴する人はいない。おそらく各地から来る野湯好きくらいなのだろう。代わりにこの程よい温かさを利用して春先には稲の種籾の”芽出し”(発芽作業)に使われているそうだ。稲の籾を温かいお湯に浸けることで発芽が促進される。中湯は米の産湯なのだ。

湯田温泉 中湯 野湯 看板

温泉を籾種作りに使う風習は日本各地の温泉地にある

看板には「維持管理のためにご利用の皆様からのご寄付を頂くことになりました」と書かれている。地元の方いわくこれは「種籾を浸けるのにご利用の皆様」ということで入浴するのには特にお金は必要ないそうだ。恐らくここを訪れた野湯好きは『利用=入浴』と考えてお金を入れてしまっている。僕もそう思っていた。なんかやたらお金入ってんな、と地元の方に思われている可能性がある。それはそれで面白いし感謝の気持ちを込めて、あえて幾分かお金を入れさせて頂いた。

消えかけだけど「お湯が欲しい方は使ってください」かな。奥のボトルを使って汲むということ?

また、この湯田地区で生まれ育ったという女性(81歳)に話を聞くと、
「小学校にプールがなかった頃は夏になるときれいに掃除して遊びよった。」
「うちの祖父の代に作ったんじゃなかったか。」

とのこと。少なくとも100年以上この姿でこの場所にあるようだ。現在はこの辺りに子どもも少なくなって遊ぶ子もあまり見なくなったそうだが、周囲を見回すと確かに子供たちに使われていたであろうプラスチック滑り台の残骸が見て取れた。

中湯 湯田温泉 野湯

なんかゴミあるなと思っていたが話を聞いてからよく見ると滑り台だった

それではお風呂を頂こう。湯温は31℃と温泉としてはぬるいが世の中の温水プールがそれくらい。なので長湯にはちょうどいいだろう。早速、湯船に足を踏み入れると今までに感じたことのない不思議な感触が。湯船の底に藻がびっしりと生えていて、そこにすごい量の気泡がついているのだ。

湯田温泉 中湯 野湯 看板

テレビの撮影の後に撮ったからもう泡出てないけど

その気泡の量は凄まじく、湯船の中に腰を落として足を伸ばすとまるでジャグジーのように泡が体を包むほど。それが湯船全体にあって移動するたびに体が隠れるくらいの泡がシュワワーと浮かび上がる。一体なんなの。はっきりした理由はよくわからないが藻の光合成により表面に泡として酸素が付いているのではないだろうか。しばらく入浴者がいなかったのでたっぷりと泡がたまっていたか。

中湯 湯田温泉 野湯

右側のパイプだけではなく背中の緑の中からも湯は湧いているらしい。
もしかすると足元からも湧出があってそれに付随する気泡の可能性もある

ちなみに湯船の中にカメラを入れて撮影してみたのだが、これがとんでもなく美しかった(下写真)。エメラルドグリーンというか、ティファニーブルーというか。野湯とティファニーという世界線の違う二者がまさかの場所で出会ってしまった。

中湯 湯田温泉 野湯 湯船の中

この色味、すごい。

またこの「中湯」という名前だが、こう書いて「なかんゆ」と読む。先程の湯田地区生まれの方に由来を聞いたところ、湯船の近くにあるお宅を指差して「あそこの家が中湯(なかんゆ)っていうのよ」と。ここで言う「中湯(なかんゆ)」は苗字というわけではなく”屋号”だ。屋号が湯船の名前になっているということは元々はその家の管理地だったのだろうか。都会育ちの方にとって屋号は会社名や歌舞伎くらいでしか聞かず馴染みがないかもしれないが、田舎では全ての家に屋号がある。僕の実家は「表(おもて)」、近所さんは「カミゴ屋(※漢字表記は不明)」など。祖母くらいの世代は苗字ではなく屋号で近所さんを呼ぶので誰のことを言っているのか全然わからなかった。それにしても野湯の名前が屋号から来ているというのは、集落の中にあるこの特殊な野湯らしい特徴で非常に面白い。

中湯 湯田温泉 野湯

この草の中からも湯が湧いているらしく秋でも青々と植物が茂っていた

田んぼの真ん中にあるフカフカ野湯

最後に向かうのはとある場所にある不思議な野湯。野湯というのは先程の中湯のような例外はあるが、基本的に山の中にあったり人里離れた場所にあるので温泉施設にならず野湯のままになっている。しかしこの野湯は人里ど真ん中、しかも畑や田んぼに囲まれた特殊な立地にある。この野湯に関する情報はかなり乏しいが限られた情報から位置を予想して現地に向かった。

想夫恋 焼きそば

私有地で詳しい場所を載せない方がいいと思うので代わりに途中で食べた想夫恋の焼きそばを置いておきます。うまい!

大分県日田市出身の「進撃の巨人」諫山先生が想夫恋・大山店でバイトしていた

おそらくあそこだろうという場所を、僅かな情報とGoogleアースを見比べてメドをつけてはいた。近くで車を止めゲートボール場に地域の方が集まっていたので話を聞いてみると、我々が探している場所かは分からないが近くに温泉が湧いている場所があるという。その地区の名前は「湯の口」。地名からしてお湯が出ている。

「湯の口」地区。普通に田んぼ

その場所に連れて行ってもらうとそこは田んぼだった。野湯がありそうには思えないが「確かこの辺に出てたはずなんだけど…」という言葉を頼りに辺りをうろうろ。そして辿り着いた場所がこちら。

ここに温泉が?

どうも大雨で温泉が湧いていた部分が崩れてしまい法面工事が行われたらしい。こうなる前はもっとはっきり湯が出ていたらしい。しかしよく見てみると…

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コンクリートに埋め込まれたパイプからなんか吹き出してる

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温泉、湧いてるわ!

25℃には達していないので含有成分を調べないと「温泉」と言えるかどうかは分からないが少なくとも周囲の水より明らかに温かいお湯が吹き出している。コンクリートに埋め込まれたこういうパイプって普通は雨が降った時の水抜きのためにあるが、こうやって温泉が湧いている土地のお湯抜きにも使われるものなのか。

しかし「湯の口」の地名通り本当に温泉が出ていた。こちらもネット上に全く情報のないおそらく地元の方しか知らない源泉である。以前にも「湯」のついた名前の川には温泉が湧いているはずだと考えて記事を書いたが、人里の源泉に関しては地名(字名)を徹底的に調べて探す方法もあるのかもしれない。

tori-kara.hatenablog.com

この湯の口源泉では入浴出来そうにないので、もともと探していた野湯の探索を再開。事前に予想していたエリアに向かいたいが、田んぼのど真ん中ということはどう考えても私有地なのでまずは周辺で聞き込みをして許可を得ることにした。たまたま通りかかった方に声をかけて話を聞くとやはり目をつけていた場所ジャストに温泉が湧いているとのこと!Googleアースを凝視して調べた甲斐があった。親切にもその方にその場所に同行していただけることに。

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案内していただく。ありがとうございます。

限られた情報からこの場所絞り込むことが出来たのにはこの場所の特殊性にある。画像を出すのは避けておくが大体このような地形になっている。

川と謎の「帯状の林」に囲まれた内側に野湯がある

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これがその帯状の林。田畑が広がる中に突然ここだけ林があるのだ。

事前に調べた際、平地の田畑のど真ん中にあるように見えたこの野湯だが一方で周囲を林に囲まれているように見えた。そこでこの場所に辿り着いたのだがこの帯状に残った林はなんだろうか。僕の見立てによるとこれは『川が通っていた跡』だ。

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帯状に林が残っているのは、もともとそこに川が通っていたが治水工事が行われて川が無くなり林だけが残ったからではないだろうか。林のラインが川の跡ならばここは川が相当曲がりくねっていたわけで、川が氾濫しやすいポイントだったのでは。それで真っ直ぐに治水された、と。なぜ自信満々に書いているかというとこの予想が当たっていたからだ。案内してくれた方から「昔はあそこに川が流れていた」と証言を得て予想の答え合わせができた。

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歩きながらこの地の話を聞いた。推理通りで嬉しい。地理って面白いな。

帯状に残る林に三方を囲まれて周りからは隔絶された不思議な空間である。その中を最奥部までズンズンと歩くと突然、案内してくれた方が立ち止まった。

「ここだよ」

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ここ!??

綺麗に整備された田畑の中にここだけ不自然に草が生い茂っている。この草むらに源泉が?案内人の指差す方向を見てみるとさらに不思議な空間があった。

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他の場所と草の青々しさが違う

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おお!?

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水…草…!?

周りのカサカサした草とは違って明らかに水分量の多いしっとりとした水草が生えている。源泉だけここまではっきり植生が違うというのは初めてみた。この番組の放送で触れられていたのだがこの草は南米アマゾン原産の「オオフサモ」。温かい水辺を好む水草で”日本の侵略的外来種ワースト100”に指定される繁殖力の強い植物だ。この場所だけをみると源泉が湧く場所だけに生える珍しい植物のように見えたがそんなヤツだったのか。確かにここに源泉があることが全く分からないレベルで生い茂っている。

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「これ抜いちゃっていいから」

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するとそこからまるで水晶玉のように湧出する源泉が!

ついに源泉が登場!水草に覆われて全く見えなかったが迫力のある水量でもりもりと温泉が湧き出している。これはすごいぞ!地面にはパイプが刺されているらしく、そこから源泉が湧き出してきている。うっすらと湯気も見えるので触ってみるとほんのり温かい。源泉に温度計を差し入れると25℃を示した。温度だけで温泉認定できる湯温である。よし!

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草むらの湯。今までに見たことのないビジュアルの野湯だ

話を聞くと先程の「中湯」と同じく種籾の芽出しに使われているとのこと。周辺の一軒二軒がここの温泉を発芽作業に使っているらしい。ここに入浴はされないんですか?と聞くと「入ったことないし入ってる人を見たこともない」と。ある意味、史上一番風呂なのかもしれない。「毎年、種籾を浸ける時にはどうせこの水草全部抜いてるから抜いちゃっていいよ」ということだったので体を入れるスペース分だけ抜かせてもらった。今思えばオオフサモ、毎年全部抜かれてるのにまた生えてきてんのかよ。

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番組用の撮影をしている間に日が暮れてきた

こういう人里で服を脱ぐのは通常なら気が引けるが、前述の通りこの場所は周囲をほぼ囲まれている。遠慮なく温泉を頂こう。

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温泉に入っているとは思えないビジュアル

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ああ〜

この時はオオフサモを全部抜かずに体が入れるスペースだけ引っこ抜いたのだが、これが正解だった。体を横たえると柔らかくてフカフカしたオオフサモが体を包み込んで非常に気持ちがいい。周りのカサカサした草とは違ってしっとりとしていて最高の肌触り。オオフサモが野湯と相性がいいとは新発見である。

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明らかに周囲の草と質感が違う

この時は晩秋。日が暮れてきていてもう外気は寒いが、お湯の中にいれば居心地良くいつまででも入っていられる。春を待つ種籾の気持ちである。全国的にも非常に珍しい、というか聞いたことのない草むらの野湯。九州での温泉探索&野湯探訪はとても素晴らしい体験となった。

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最高でした!

しかしこの”草むら野湯”だが残念な話がある。周囲を林に囲まれたこのエリアがそのまま「遊水池」になる予定があるらしい。遊水池とは洪水の際に周囲の土地に川の水が氾濫しないように一旦水を逃がす場所である。それはつまり、この温泉に入れなくなる可能性があるということだ。遊水池にするためにこの場所が掘り下げられたり柵ができたりするのかは定かではない。ただ測量もすでに終わっているらしく、今の環境で入浴できる状態は長くは続かないのかもしれない。(温泉が湧いてると話したら役所の人が飛んできたらしい。なんたって水を貯める予定の場所に温泉が湧き出てしまっているのだ。)今後入れなくなるかもしれない貴重な野湯、ありがとうございました。

↓【今回のダイジェスト】↓


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