百名山である磐梯山の登山道の途中に野湯が湧いているらしい。百名山には火山も多いので、周囲に温泉地や野湯があることは多いが登山道上にあるのは珍しい。どれどれ、と調べていると…いやちょっと待てよ。その近く、登山道からちょっと離れた山の中にすごい怪しいポイントあるんだけど!?しかもネットにそこに野湯があるという情報も見当たらない。これは行ってみるしかないでしょう!
その結果、サムネイルの感じになったレポートです。
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福島に行くのは丸四年ぶり。同じく福島県にある百名山・安達太良山の沼尻元湯に行ったときぶりだ。
最近では沼尻元湯では野湯ツアーが行われるようになった。野湯が堂々と観光資源となる例は本州では珍しい。ツアー外では硫化水素事故も起こっているので、野湯入浴は安全に。
福島県民の磐梯山への思いが強すぎる
今回の磐梯山はその安達太良山の隣に位置し、そのすぐ南には猪苗代湖がある。いつも感じるのだが山と湖の組み合わせというのは最高だ。富士山と河口湖、男体山と中禅寺湖、榛名山(榛名富士) と榛名湖…。
山から湖を見れば湖を一望できるし、その逆に湖周辺から山を見れば遮るものがない最高のビュースポットになる。しかも、その麓の湖はその山の火山活動によって作られていることも多い。 その山が最高に美しく見れるロケーションを山が自ら作ってるって奇跡的すぎんか? ナルシズム極まれり。今回はありがたく両方を堪能したい。
東北新幹線で郡山に、そこから磐越西線で猪苗代湖方面へ。安達太良山へ向かった時と同じく猪苗代駅で降りてもよかったが、今回は目的の登山口に近いこともあり、二つ先の磐梯町駅で下車。本当なら長いコースでたっぷり百名山を堪能したいが、温泉探索を考えると時間がないのでタクシーで最短距離でピークを踏めるのが人気の八方台登山口へ向かう。
八方台で降りると駐車場は満車。バスでやって来た団体ツアー客も混ざってかなりの人手だ。まだ紅葉には時期がやや早い段階でこの混雑、さすが福島のシンボル。
登山口には『磐梯山憲章』といえ看板が設置されているのだが(上写真・左から2番目の看板)、最後の文章がすごい。「磐梯山のために、一人一人が自ら考え行動しよう。」だ。
オール・フォー・磐梯山の精神。
郷土の誇りとはいえ、何が磐梯山のためになるか常に自問自答し行動を求める、というのはすごい。普通は誰かに『それはさすがに言い過ぎでは‥』となって、なかなかそこまでは言えないだろう。山に関する憲章でいうと他に『富士山憲章』というものがある。
常識的な内容だ。
世界遺産であり日本のシンボル、特に静岡・山梨内での影響力は磐梯山にもちろん負けていないと思うが、磐梯山憲章まで踏み込んだ文章ではない。磐梯山憲章はいかに磐梯山が地域の方々に愛されているかを表しているのではないだろうか。
登山道の途中にある有名野湯「中の湯」へ
登山口から歩き始めると序盤は緩やかで広い道が続く。なるほどバスでツアー客が来るのもうなづける。紅葉にはまだ早い半端な時期ではあるが視界から人がいなくなることは稀なくらいの人通りがある。
まずは冒頭でも触れた「中の湯」という野湯へ。磐梯山で最も人が多いであろうこのメイン登山道の途中にある有名な野湯だ。中の湯へは登山口から15分もかからず辿り着く。それまで歩いていた樹林帯から突如として露出した岩肌と草だけの異空間が広がる。そこにあるのが「中の湯」だ。
なぜ突然、木々が無くなるかというと、おそらく火山性ガスの影響。ここら辺一帯にはどうも硫化水素をはじめとした火山性ガスが地面から噴出しているようではっきりとした硫黄臭がする。水たまりを見るとジュージューとガスが泡を立てながら吹き出てきているのが確認できる。
この中の湯にはかつて山小屋があり、宿泊や温泉入浴も出来ていたが今から数十年前に廃業。今は廃屋と湧き続けるの源泉だけが残っている「利用されなくなってしまった源泉」タイプの野湯である。
こういうタイプの野湯は「山奥すぎて利用されてない源泉」タイプの野湯とはまた違う趣がある。周囲に残る当時の痕跡が人に愛されていた痕跡というか、人の営みとそれが自然に戻っていく侘しさを感じさせる。
この野湯、人通りの多い登山道途中にあって入浴は厳しいという話を目にしていたので、服を脱がず可能なら足湯だけしようと考えていたが、山小屋と源泉の方には規制線が張られていたので、見学だけにとどめた。源泉近くはまるで池が沸騰しているかのような勢いでガスがブクブク沸き上がってきている。確かに見るからに危険そうだ。
藪を漕いで探索目的地へ
ここから目的の場所へいよいよ向かう。地形図をみると例の場所はここから軽い谷を下った先にあるようだ。持ち合わせの熊鈴を全部付け、GPSで位置を確認しながら斜面を下っていく。距離はすぐ近くだし、薮の濃さは全く問題はないのでそう時間はかからなさそうだ。
この活動であまり東北に来ないのは熊が怖いからだ。この磐梯山エリアには熊出没情報マップが用意されていて、今回はそれをじっくり見てから向かった。磐梯山北部の裏磐梯と呼ばれるエリア、熊天国すぎる。
さて、この野湯だが前人未到温泉の可能性があるのだろうか。事前にきちんと調べると興奮が減じるので『磐梯山 野湯』でだけ検索して中の湯以外にめぼしい情報がないことだけ確認して向かっている。人工衛星サーモ画像も調べたかったが、手持ちのデータにはこの磐梯山周辺が入っていなかったのだ。なのでこの段階では向かってる場所が未到温泉なのかどうか分かっていない。どうやら野湯があるっぽいけどネットに情報がない、そんな場所に行く時の心の高鳴りはなかなか他では体験できないものだ。
斜面を下っていくと、谷底が見えてきた。Google Earthで事前に確認していたように、この先に開けた空間があるようだ。そこに到着すれば目的地まではすぐのはず。
薮のある斜面を下るのは神経を使うし、クモの巣も多いし視界も悪いので熊も怖い。でも開けたところまで出てしまえば楽になる。そう思いながら谷を下り切ったのだが…
谷を降りきると目の前に広がったのは、自分の背丈を超える草が生い茂った空間。確かに木は生えておらずそれまでの樹林帯とは景色が一変したが、『開けた空間』に見えたのはあくまで人工衛星からみた視点からで、身長174cmの視点から見るとむしろ閉塞感と絶望感を感じる。なるほど、行ってみないと分からないものだ。
しかも足元は所々ぬかるんでいて湿地帯のようになっている上に、草の中にはトゲが生えているものがあり、時々服を掻い潜って肌に刺さる。目的地までは300mほどあるが、これが続くと相当しんどい。そう思いながら歩いていると、程なく視界が突然開けた。
まるで人の手が入っているかのようにここだけ薮がスパッと切れている。あまりに予想外で立ち尽くした。伝わるか分からないが、草刈りが入って手入れがされているような小綺麗さと、前方のぬかるんだ地面のボコボコがまるで大勢の人の足跡かのように見えて少し背筋が寒くなった。人の痕跡があるわけのない山奥で生活感を感じると怖くなる。
この場所は目的地方面に向けて軽い登り傾斜がついていて、中央部は水分を含んだ土が露出している。この先に源泉があるとすれば、そこから流れてきた温泉水の成分でここに背の高い植物が生えることができない空間が出現しているのでは。そう考えれば納得がいく光景だ。GPSを確認するともう100mも進めば目的地だ。歩を進めるとこの空間の最奥部に辿り着いた。
前回の那須もそうだが、野湯を探している時にたまにみるこの黄色い荒地。絶対、硫化水素出てるでしょ。というか、めちゃくちゃ匂いする。ひとまず硫化水素検知器を置いてみた。
なるほど出てる!やっぱりね、と思ったが硫化水素を浴びにきたのではない。GoogleEarthを見て想像していたのは温泉がドバドバ流れていて、その析出物で白くなってる源泉地帯だったが白いのは岩肌だった。なんかあまり水気がないぞ。でも下流部があれだけ湿っているのだから湧出もあるはず。水気を辿って探していると側にこんな場所を見つけた。
想像していた水量でもないし温かさも感じないが、白い硫黄の析出物とともにジワジワと水が湧出してきている。これ温泉なのか…?硫化水素検知器を置いてみた。
硫化水素検知器を湧出場所に置いた瞬間にグイグイ数値が上がり、人間に害のない10ppmをあっという間に上回ってアラームが大音響で鳴り響いた。その数値は最高45ppmを示していた。吸っていると粘膜がやられ、嗅覚が鈍るくらいの硫化水素濃度だ。温度が低い以上、含まれる成分を分析しないと温泉とは断定できないが、これだけの硫化水素とともに湧いている水、これは温泉だろう。今回の探索の湯船はここに決定とします!
この磐梯山は国立公園(磐梯朝日国立公園)の一部である。勝手に地面を掘ったりするのはよくないので、この状態のままで入浴させてもらうことにする。冷たいしお尻の一部が浸かるくらいの水量だし、おまけにガスマスクをすると硫黄臭さえしないので温泉に入っている感覚は少ないがGoogleEarthで探して道なき道を歩いて浸かったよくわからない温泉。気持ちよくないはずがない。
この場所は一体何なのか?
そもそもこの野湯、前人未到温泉の可能性があるのだろうか?まず気になるのは途中に立ちよった「中の湯」という名の源泉だ。『中』の湯…。普通、地名というのは「上北沢」「下北沢」があるからには「北沢」もある。「東麻布」「西麻布」があるからには「麻布」もある。「中目黒」があるからには「目黒」もある。何か元の地名があってそこからの上(かみ)や下(しも)、そして中(なか)があるのだろう。「中の湯」だって「上の湯」「下の湯」がないとそういう名前にはならないのではないか。結論を言うと、「上の湯」「下の湯」はある。正確には、かつて存在していた。
かつて磐梯山には「上ノ湯」「中ノ湯」「下ノ湯」と3つの主だった温泉があり『磐梯の湯』と呼ばれていた。上ノ湯が最も古く1648年に開湯、他2つは1872年からそれぞれが湯治場として利用されていた。しかし1888年の磐梯山噴火で上の湯、下の湯は壊滅、中の湯だけが残った。中の湯では生存者もいたしその後また復興したということで、噴火の影響はそれほどじゃなかったのかと思ったが、写真を見ると全然無事じゃなかった。
ということは今入浴している野湯は位置的にはかつての上ノ湯という可能性もある。上ノ湯の位置を示す地図と現在位置を比べてみた。
現在の入浴位置は中の湯の南西であるのに対し、上の湯は中の湯よりも南東にある。どうやら位置は重ならないようだ。しかし、1888年の噴火は現在の五色沼などの地形を作り出す原因となった大規模な噴火で、磐梯山の地形も大きく変わったらしい。噴火の影響で埋まってしまった上ノ湯が別の形で湧出してきているのが今回の野湯なのかもしれない。
…待てよ。「中の湯」の南東といえば、今回は(熊が怖くて)行かなかったがもう1つ探索候補地があった。今の場所よりもっと大きく森が開けていて、同じく地面が露出して白い析出物のようなものが見える。もしかして、あの場所こそが「上の湯」跡地なのでは?
もう1つの探索候補地が気になってきてしまったが、この場所も登山道からそう離れてないとはいえ熊を考えると長居したくないのでそろそろ戻ろう。
その後は「中の湯」まで戻って、そこから山頂方面へ。上へ行くほど狭く急峻になる登山道はツアー客でごった返していた。
次は長野県の野湯を巡ります。
↓【今回のダイジェスト】↓