5月末、今シーズンの温泉探索がようやくスタート。春先は前エントリーのように『いらすとやマニア』になるために費やしていた上、初夏ごろは忙しく滑り出しが遅くなってしまった。
ただ正確に言えば3月にプレスタート的に探索に出かけていた。場所は群馬県・秋鹿大影林道。野湯がある?という情報を元にこれまで二度探索していて、これで三度目の探索となる。
ふと思い出したのだが、これまでの秋鹿大影林道探索で二度とも同じ場所で"匂い"を感じた場所があった。何か硫黄臭?のような普通の森では感じない匂い。その匂いの場所を集中探索するために現地へ赴いたのだ。周囲の谷や沢を中心に探索した結果、おそらく温泉の源泉ではないかと思われる湧出を見つけることができた。
この林道に沿って流れる須川川はよく観察すると、川底がこんな茶色になったり普通の色になったりしているので、ここだけではなく何ヶ所かでこういう温泉の湧出があるのだろう。…ただ、残念ながら沢の水と全く同じ温度のキンキンに冷えた水なのだ。温泉が湧いてるけど冷たい、という時はたいてい沢の水に比べたらやや温かいものだが、ここは色がついてるという以外は沢水と全く区別のできない冷たさ。もちろん温泉成分が入っていれば定義は温泉だし、温泉なら入浴しようと思えてきたのだが、温度がここまで低いと脳が温泉だと認識できず入浴することはできなかった。体験したいという欲が理性に負けてしまった。思えば最近、温かい野湯にありつけていないということがメンタルに影響しているのかもしれない。
飛騨じゃない「高山」の魅力
というわけで温かい野湯を求めてやって来たのは高山村。高山という地名で一般的に思い浮かべる岐阜県の飛騨高山ではなく、長野県の高山村だ。松川渓谷沿いに八つの温泉地が点在する温泉スポットで、この数日後には藤井聡太さんが高山村の旅館・藤井荘で最年少「名人」獲得&七冠達成した歴史的対局が行われた。共に『ふじいそう』なこともあるが「高山と言えば飛騨」という現状を変えるため、認知度アップのために名人戦を誘致したのだという。だが高山村の魅力は立派な温泉旅館だけではない。立派な?野湯もあるのだ。今回は高山村の素晴らしい野湯に入りつつ温泉探索を行う。
七味温泉 川の野湯
まず向かったのは七味温泉を流れる松川の川の中にあるこの野湯。
護岸工事が行われてしまっているため野趣には欠けるが、ここからでもしっかりと硫黄臭がするし濁りも確認ができる。さっそく沢靴に履き替えて川に降りると、上からは確認出来なかった源泉が川の手前側にもあった。しかし、こちらの湧出は冷たいようだ。
先ほど上から見た場所に向かうため反対岸に徒渉していく。沢靴を川の中に進み入れると、5月末とはいえ川の水は足が痺れるくらいに冷えていた。川の水がこんな冷たいと、川の水と混ざっているであろうあの野湯が本当に温かいのか不安になる。
向こう岸にたどり着くと上方のパイプから源泉の垂れ流しと思わしきものがトクトクと流れ落ちていた。川底からの湧出というより、この源泉垂れ流しに浸かる野湯なのだろうか。
うかつに触ったが、めちゃくちゃ熱い。でも、これなら川の水と混ざってもうまく入れそうだ。その垂れ流しの行く先を見ると、河原の石の隙間に湯が溜まっている。手前は真っ黒い湯で奥に行くにしたがって灰色に白濁しているようだ。
温泉に詳しくないのでこの色の変化を説明することが出来ないが、硫黄泉の野湯の湧出口ではこんな黒と白が混ざった光景を見ることがある。白濁した温泉旅館の湯船も湧き立ては実は黒くて、こんな色の変化をしながら湯船にやってきているのだろうかと想像させられる。野湯に入らなければ一生見れない光景かもしれない。「都会の子どもはスーパーでしか魚に接点がないなら、魚の切り身がそのまま海で泳いでると思ってる」みたいな眉唾な話があるが、それと同じくらい我々は温泉について無知なのだと思い知らされる。
源泉に一番近い黒い湯船の表面温度は44.6℃。当初の心配をよそにすごいいい湯温!ちょっと熱いけど混ぜればちょうど良くなるだろう。早速入浴しよう。
表面は44℃あったが、やはり多少川の水が流れ込んでいるようで湯船の底には温度の低い層があり、体のバタバタさせ攪拌させると非常に良い湯加減になった。本当に久しぶりの温かい野湯。深さも広さもあるし素晴らしい。いや浅いだろ、と思われるかもしれないが野湯にしたら深い。最高だ。
この場所はまだ人里なものの、ほとんど人が来るような場所ではないのでそういう意味でも安心して入浴できるのだが、この日は川縁に山菜を取りにやってきた方がいて川の反対側でしばらく作業をされていた。完全に気づいていると思うが、こんなところで裸の男が入浴していて申し訳ないのでそろそろ上がろう。
体の汚れを川の水で洗い流すという風呂の概念が分からなくなる行為をした後、川岸に上がり次の野湯へ歩き出すと、先ほどの山菜取りの方の車が止まっていた。
「すみませんあんなところで裸になってて」と声をかけて車に荷台を見せてもらうと
軽トラにはたくさんの山菜が摘まれていた。夫婦?親子?かと思ったが聞くと「人生の師匠です」と。男性は高山村で自給自足のような生活をしているようで、その人に魅せられて色々教わっているとか。真っ赤なジャケットを羽織り、サングラスにキャップ、髭を貯えた”師匠”はめちゃくちゃ渋かった。いいな、人生の師匠。
野湯「奥日影の湯」へ
次の野湯に向かうためさらに松川を上流部へと歩いていく。道はあるが、ここからは人里から離れるので熊への注意も必要だ。
イタドリを見ると子供の頃を思いだす。生えてきたばかりのイタドリを折ると「ポクッ!」といういい音がして面白いし、酸っぱくてちょっと渋いけどそのまま食べることができる。小学生がほっとく訳のない性質を持っていた。個人的にはいい思い出しかない植物だが、大人になって外国で侵略的外来種として猛威を振るっているのを知って少し悲しい思いをした。子供の頃、よくお菓子くれたり優しくしてくれた近所のおじさん、大人になった今考えるとあの人多分ヤクザだよな、みたいな心境である。確かに凶悪な増え方するよな。
今向かっているのは「奥日陰の湯」という野湯。場所を調べる限り、近くまで道は通っているので見つけるのにそれほどかからないはずだが、それでもかなり山奥の人気のない場所なので事故を起こさないよう気をつけないとならない。
ここからは道はないようだ。「奥日影の湯」がこのあたりの川沿いにあることは分かっているので、あとは川に沿って移動する。
しかし川に降りて70mも進むと難所が現れた。巨大な落石と倒木で水がせき止められていて、そのまま進むと腰の位置まで浸かってしまう。
あれ、こんな難所があるような話ではなかったぞ。最近こうなってしまったのか?腰まで水に浸かってもザックの中身は防水してあるので問題ないが、そもそもめちゃくちゃ冷たいのでそのまま進むのは避けて倒木の上や側面を通り切り抜けた。後から聞いたところでは、この日は見逃してしまったが、奥日陰の湯には別に道が繋がっていてこんな川の中を下っていく必要はないそうだ。どうりで。しかし、試行錯誤しながら進むのも野湯の醍醐味である。
難所を切り抜けると、対岸の川岸に再び横倒しになった土管が見えた。こちらの土管と大きな岩が目印だ。
右の大岩を回り込むと、人1人がなんとか入れるくらいの隙間にお湯が溜まっていた。これが野湯『奥日影の湯』だ。
湯船をよく見ると不思議なことに、どこかに流れ出している様子もなくただお湯が溜まっている。あまり見たことの無いタイプの野湯だ。
手を入れてみると先ほどの野湯に比べると温いがしっかり30℃中盤くらいの温度はあるようだ。山道と川の中を歩いて程よく体は疲れてコンディションもばっちり。それではこちらの野湯もありがたく頂こう。
足を踏み入れると枯れ枝と落ち葉の感触。森の中の野湯はこれよな。そして、謎のヌメリ感。温泉ではよく泉質を表すのにトロトロ・ヌルヌルの湯という表現が使われるがそういうことではない。
ヌメリの正体は湯船の中に張った藻だ。
そのまま浸かってしまったが、しばらく人が来てないようで多少掃除が必要だったか。
少し居心地が悪いがさっきの湯船とは違って大自然の温かい野湯。久しぶりだ。惜しむらくは湯船を川から守るように鎮座する大岩が原因で景色がほぼ見えないこと。この松川上流部の美しい光景を見ながら入浴したいところだが。
今回も体がヌルヌルに汚れてしまったので、川で水浴びをしてから服を着る。さっきより上流なので川の水は体が痺れるくらいに冷たい。再びの温冷浴だが『冷』のほうが極端すぎる。
さて、今回の最終目的地はここではない。ここから松川のさらに最奥部に向かい温泉探索を行う。人工衛星サーモ的に怪しい場所があるので気になっていたのと、奥にも源泉があるというわずかな情報を目にしたからだ。
問題はその場所までアプローチが可能なのか、だ。地形図ではここから松川上流部、そして志賀高原方面に抜けるように破線ルートが走っている。地形図における破線は『1.5m未満の道』だが「なんだ、道あるじゃん」などと安易に考えてはいけない。地形図の破線ルートは行ってみると実際には『ない』ことも多い。以前はあったのだろうが、地形図は数年に一度しか更新はされないので道が無くなってることも全然ある。しかも山奥にある破線ルートなんて一切信用できないのだ。
地図と見比べ、破線ルートが続いている方向に進んでいくと、かすかに道らしきものが。ちょっと行くとすぐ道の気配が消えてしまいそうなくらい、ほのかな踏みあとだが、まずは進んでみよう。
最初は道がどこかよくわからないレベルだったが、少し先に行くと、そんな心配をよそにしっかりと枝切りがされている道がはっきりと現れた。明らかにここ1年以内に手が入った様子だ。しかも、枝切り跡をみる限り、手入れがされる前はほぼ廃道になっていたのではと思えるくらい太く密度の濃い断面だ。
こんな需要のあまりなさそうなルートになぜ?調べてみると、古道を復活させようと地域の方が活動されているようだ。恐らくかなりの重労働だったろう。もう少し前に来ていたら進めて無かったかもしれない道をありがたく進む。
しかし、目標地点まであと1/3まで来たころ僕の前に不穏なものが現れた。これは…
確証はない。確証はないけど熊のフンなようにも感じられる。見るからに草食ではなく雑食っぽいし、産み落とされてから何日も経ってる様子はない。もっと小型の動物かもしれないが。一度襲われた身としては熊の気配を少しでも感じたら即撤退とルールで決めているので、これで探索は終了。残念だが引き返そう。とはいえ、ここから人里までは一時間はかかるのだが…。
改めて笛を吹き吹き、来た道を引き返し無事戻ることができた。目的の場所に行くことは出来なかったが久しぶりに温かい野湯を堪能できたのでよしとしよう。
次回は那須の温泉が湧いているらしい谷を探索します。
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