温泉に入るとは、湯船に浸かることだけを指すのだろうか。いや、温泉入浴とは湯を通して地球を体感する行為である。湯船がなけりゃ浸かれないとでも?
今回は那須岳にあるという『温泉が湧く谷』を求めて探索。岩肌を流れ落ちる温泉に体をゆだね、リアル岩盤浴に至りました。
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那須岳ではいろんなところに温泉が湧いている。使われている源泉から野湯まで様々だ。このブログでも過去4回、温泉を探したり野湯を訪れたりレポートをしてきた。毎年行ってるような記憶のある那須も去年は行けず『御宝前の湯』に行った2021年以来、二年ぶりとなる。
最後に行った2021年当時を思いだすと、世はまだコロナ禍。那須岳で久しぶりに外でマスクを外して歩いたのがとても新鮮だった。再び平穏に戻りつつある那須に戻ってこれて非常に嬉しい。
今回はいつも那須岳に登るのに使っている、表玄関「那須ロープウェイ」ではなく、穴場である「那須ゴンドラ」を利用してアプローチする。「那須ロープウェイ」が茶臼岳の中腹に向かうのに対し、それより北にある「那須ゴンドラ」はマウントジーンズ那須というスキー場のゴンドラの冬季以外の営業形態である。スキー場のリフトが夏に登山用になるのはそう珍しいことではないが、バス路線も通っていて標高1700m近くまで稼げる那須ロープウェイがあると影に隠れてしまいがちだ。
那須ゴンドラに公共交通機関でアクセスするのは大変なので、新幹線で福島県の新白河駅まで行き、タクシーで群馬県境を超えて向かう。タクシーの運転手さんとの雑談では「どういうルートで登られるんですか?」「泊まりですか?」と聞かれた。これは想像だが、万が一、客が遭難したときのためにさりげなく情報を聞き出しておく、という山岳地帯ならではのタクシー文化なのではないだろうか。優しい習慣に親しみを感じた。まさか「道のない谷に降りて温泉を探します」とは怪しすぎて言えないので「泊まらずにピストンです」とざっくり答えてしまった。申し訳ないが、登山届けやココヘリも万全なので許してほしい。
マウントジーンズ那須でタクシーを降りるとゴンドラの営業時間待ちの人々がすでに10人くらい待っていた。半分以上が犬を連れている。なぜかというと、標高1400mの那須ゴンドラの山頂駅にはドッグランや犬と入れるカフェもあり、夏場暑すぎて散歩に困る愛犬家たちが涼を求めて集う場所なのだ。
そうして降りた那須ゴンドラ山頂駅は、那須ロープウェイの山頂駅のように夏でもひんやり、とまでは行かないものの爽快な夏の空気を纏っていた。ドッグランだけではなくハンモックや展望台など、なかなかフォトジェニックで素敵な場所だ。
通常はここから三本槍岳方面に尾根を伝って行くのがハイカーたちの一般的なルートだが、今回はその脇に走る谷に降りて温泉を探索する。
地形図を元にどこから降りるかは2パターン検討してきたので、実際にそれぞれの場所の様子を確認し降りる場所を決定する。出来ればより沢の上流部で谷に降りたかったが、そちらは斜度が厳しそうだったので安全そうな下流部から谷に下っていくことにした。
谷へ降りるルートは途中少し薮が深くなったが、今まで那須で経験した薮を考えれば無いに等しいレベルだった。
谷を降りると美しい沢にぶつかった。これが今回のターゲット、毘沙門沢だ。沢の上流部とはいえそれほど地形は厳しくなく、水量も多くない。こういう場所では登山靴で水に入らないように歩くよりも沢靴で歩いたほうが楽だ。靴を履き替え沢を遡っていく。
沢の水は夏場にはちょうどいい冷たさ。緑のトンネルにトンボがあちこちに飛ぶ夏らしい景色の中、じゃぶじゃぶと40分ほど歩くと沢沿いに緑が途切れた場所があった。同じ那須の殺生石周辺を彷彿とさせる荒涼としたロケーション。何より強い硫黄臭がする!早くも源泉が!?
しかし、匂いはすれども源泉は湧いていないようだ。代わりに斜面の一部が黄色く変色している。過去、源泉地帯では幾度となく見た光景。周囲に草木が生えていないところを見るに、間違いなく硫化水素を含んだガスが噴出しているのだろう。
こういう場所では高温の水蒸気が立ち上っていることが多いが、そういうものは見られない。水蒸気や源泉はない代わりに地面が温かかったりするのだろうか、とさらに近づいてみると突然、硫化水素検知器が鳴り始めた。
最初に硫黄臭がした時点でH2S濃度を確認して反応なし(0ppm)だったので油断した。急いで離れたのでよくは分からないが離れた後すぐに硫化水素検知器を見ると人体に害の出る20ppmを超えていた。改めて匂いの強さと硫化水素濃度は相関性をあまり感じないものだ。源泉もないようなので近づかないようにしよう。
さらに上流へ進んで行く。沢を進む時は沢の中を進むか、岸に上がって進むか常に選択に迫られる。その先の沢の地形が厳しそうな時は岸に上がるようにしているが、今回はその選択の後にしばらく岸辺を進むとどこにも行けない袋小路に行き詰まってしまった。無理して進むと怪我の元だ。時間をロスしてでも素直に少し引き返す。
沢に降りた地点から80分ほどかけて沢が二股に分かれたポイントに。思ったより時間がかかってしまった。その場所から今まで以上に川幅が狭くなった沢を少し進むと、先ほどの硫化水素ガスエリアのように山肌が露出した場所に再び当たった。
よく見ると山肌から何ヵ所か水が滴り落ちている。何より、先ほどまでではないが硫黄臭もちゃんとする。
ここから山肌を滴り落ちている水に触れてみると、ほのかに温かい!夏の日差しに照らされた山肌を伝うことで温められているだけかとも思ったが、標高もあり山肌は大して温かくないので、やはりある程度の温度で湧出してきているのでは。
さらに先には地面付近からの湧出と白い析出物が。
さっきの山肌を流れる源泉よりは冷たいが、沢水よりはずっと温かい。20℃ちょいではお湯とはさすがに言えないとは思うが、ミウラ基準では沢の水より温かければ温泉だと思っているので、これは湯船判定である。これで手ぶら帰宅はなくなった。
そう書くと、さらにこの先にもっといい湯船があったような書き方だ。しかし、少し先に進むとちょっと険しくなっていて、まだ探索時間はあるものの、最終ゴンドラの時間と湯船でゆっくりする時間を十分確保するためにここで探索は終了することに。それではゆっくり入浴しよう。まずは白い析出物が目立つ硫黄成分たっぷりそうな湯船へ。
腰を据えると、夏山を歩いて火照った体がほどよくクールダウンする気持ちのよい温度。夏季に入るのがちょうど良い野湯だ。程よい硫黄臭も心地いい。ここでは硫化水素検知器の反応もなかった。
那須の野湯に多いが森の中に突然現れる荒涼としたエリアでの入浴。おそらく硫黄分などが原因で作り出されているその光景が非現実的で「すごいところまでやって来たな」感が高まる。
体が休まったところで、次の湯船?へ。山肌を流れるもう少し温かい源泉を体感しようう。
岩肌を流れる温泉で背中が温かい。こんな野湯は初めてだ。これが客観的に見て「湯船に浸かる」という行為にあたるのかは分からないが、少なくとも自然と一体になったのを感じた。
次は温泉を探して福島の百名山へ。Googleマップで見つけた野湯?に向かいます。
↓今回のダイジェスト↓