今回の最初の目的地は和歌山県の南紀勝浦温泉。まだ5月だというのに、普通に海に入れるくらい気温は高い。野湯日和で楽しみだ。南紀勝浦は紀伊半島の東側で東京から南紀白浜空港経由で向かうと日帰りの場合、朝イチで出ても滞在時間があまり取れない。なので今回は深夜バスで向かうことにした。
バスタ新宿22時発で勝浦温泉に朝8時すぎに到着。若い頃と違ってすっかり最近は深夜バスで移動することなんてなくなってしまった。10時間のバス移動なんてもうだいぶしんどいかなと不安に思っていたが、持ち前の寝つきが最高に良い体質と3列シートの快適さで、途中のトイレ休憩で目が覚めてSAをうろつく以外は実質「ワープ」であっという間に到着した。ありがとう体質。
岩鼻温泉 ステンレス流し台の湯
バスを降りると港町の海の香り。まずは紀伊勝浦駅前から那智方面までバスで移動し、そこから今日の前菜となる野湯へ歩いて移動する。世界遺産エリアなこともあって駅前には日本人と外国人観光客が半々といった具合で海外の方も多い。まず行くのは「岩鼻温泉 ステンレス流し台の湯」。交通量のそこそこ多い県道に面していて分かりやすい場所にあるとても有名な野湯だ。おそらく和歌山県で、いや近畿地方で一番有名な野湯なのではないだろうか。
近くのバス停で降りたがやはり頻繁に車の往来はあるし、たまに熊野那智大社方面へと歩いていく旅行者も通るようだ。こんな所で入浴して気まずい感じにならないといいが…。少し歩くとさっそくその野湯が見えてきた。
どうも野湯に横付けして軽トラが止まっている。事前に何となく知っていたが、この源泉は野湯とは言っても温泉施設に引かれてないだけで地域の人に普通に利用されているのだ。田舎にはたまに湧水があって自由に飲料水として汲んだり洗い場として利用されていることがあるが、あれの温泉バージョン。
近づいてみるとパイプから温泉が結構な勢いで湧き出すネットで見たことのある光景が。その先にあるのが昔よくあったステンレスの流し台なのがいい味を出している。
軽トラのおじさんは今来たようで、聞くと温泉を汲んで家の風呂に入れるそうだ。近所に温泉が湧いている世界ではそんなこともできる。どうやって軽トラの荷台のデカいタンクに温泉を入れるのかと思い見学させてもらうと、おじさんは温泉が出てきている元のパイプをおもむろに外し、荷台から別のパイプを取り出してきた。L字のパイプと長ーいパイプ。それを源泉湧き出し口に組み合せて装着すると、源泉を直接タンクに送り込む機構が完成した。
すごい。この源泉、この用途でしか役に立たない温泉送湯専用アタッチメントだ。興味本位でたまたま汲みに来ただけでは用意し得ない機構に、この温泉汲み行為が日常であることを思わされる。思わぬ常連専用アイテムの登場に一気に気分が上がった。僕は基本的には人里離れた野湯が好きだが、人里の野湯にはこうした生活との接点があってまた別の良さがある。
そうしてあっという間にタンクは満タンに。手慣れた動きで再び装置を外しておじさんは去っていった。改めて源泉を観察してみよう。
5分ほど源泉を撮影してさあ入浴しようかと思っていると、今度はおばあさんが野菜をカゴに抱えて持ってやってきた。聞くと家の畑で獲れた野菜をいつもここで洗っているのだという。おお!これが!まだ到着して15分くらいしか経っていないのに温泉汲み場と洗い場、2つの使われ方に遭遇できた。
どうぞお先に使って下さいとお譲りして、見させてもらう。まだ土のついた野菜を洗うのに都合がいいし、特に冬場は温かくて重宝するらしい。そしてこの野菜は今から近くにある「道の駅 那智」に出すのだという。あの駅前にあった道の駅の野菜、温泉で洗われてんの!?
温泉地の営みらしいなんか購買意欲の高まる情報である。カゴからねぎとダイコンを取り出して手際よくすすいでいく。ステンレス流し台の正しい使い方だ。ちなみに聞くと以前は川を挟んだ反対岸にも温泉が湧いていて、露天風呂というか温泉プールみたいなものがあったとか。
人里の野湯らしい地域との関わりを見聞きしたところでいよいよ入浴。車の往来はひっきりなしにあるが、車が途切れたところで急いで服を脱ぐ。パンイチの裸姿より服を脱いでいる途中の姿のほうが驚かせてしまいそうで。冷静になるとホントにそうなのか分からなくなるが、地域に迷惑をかけたくない一心で素早く裸になった。この素早さに意味はあるのか。車のビュンビュン通るなか、自撮り棒を持って入浴。
30℃後半のやさしい温度であったかい。環境を度外視すれば、いつまでも入っていられる湯温だ。でも、さっきのお母さんも「こないだも若い女の子がカメラ持って入ってたねー」と言っていたので、すでにここらの日常風景になってる可能性はある。
一つ難しいのは湯量がかなりあって、それがパイプからひっきりなしに注がれてくるので体を横たえると体にお湯が当たってバシャシャシャー!と飛び散る。人が入る用ではないのだ。
またここを使う人が来るかもなので、早め入浴を切り上げ服をねじ込んで、ここから次の野湯スポットまで移動する。来た時に乗ったバスは帰りにちょうどいい便がないようなので徒歩で那智駅まで行き、そこから紀伊勝浦へ戻る。のどかな風景の知らない町を歩くのは楽しい。
次の野湯を後に回したのは、干潮時間を考えてのことだ。こちらの野湯は満潮時には沈んでいるそうなので、昼近くに一番潮が引いたタイミングで向かうスケジュールになっている。この野湯が完全に潮が引いたタイミングで入るのが良いのか、高温の源泉で多少海水と混ぜて入るのが良いのか詳しいことはあえて調べていないが、それも含めて野湯である。
南紀勝浦温泉 礒溜まりの湯
場所はなんとなく分かっているので歩いて探してもいいが、せっかくなので紀伊勝浦駅にある観光案内所でレンタサイクルして海辺をぐるっと走ってみることに。
半袖でも自転車を漕ぐと汗ばむ陽気で海辺のサイクリングは最高だ。今回は手持ちの人工衛星サーモ画像の範囲にないエリアのためネットの情報をもとに探すしかない。事前のリサーチによると野湯はこのあたりの海辺のはず。磯遊びしている小学生や家族、そしてなぜか外国人観光客までいてそこそこ人手があるがこんな所に野湯が?
どこだろうと自転車から海を覗き込むとジャストな位置に水溜まりと水が流れ込んでいる場所が。すごくそれっぽい!
たぶんこれだ。テンション上がってきた!自転車を止めて潮の引いた磯へ降りる。遠浅のようで干潮の今、波際ははるか数十メートル沖側にあって一帯には広い磯が広がっている。近所に遊べる広い磯があるの憧れるな。
磯をうろうろ探査しながらさっき上から覗いた場所に向かっていると、その手前にも岸側から水が出ている場所が。一応確かめてみないとな。
あったかい!そうなの?こっちも温泉だった。2ヵ所も湯船があるとは思っていなかったので嬉しい誤算だ。しかも、さっき上から確認した湯船よりワイルド。見た目、普通の磯溜まりで野湯感がより強い。
余計興奮してきたが、まずはさっき上から見た湯船を探そう。もう少し進むとさっきの湯船に到着。岸から温泉が出ている所に磯が少しセメントで縁取られて湯船ライクにされている。いい感じの流木は寝湯用の枕だろうか。
源泉に手を触れてみるとこちらは30℃中頃くらいで、手前で見つけた湯船より5~6℃は温かくてより快適そうだ。この温度なら海水と混ぜて入る必要はないので干潮のこの時間に来たのは正解だったようだ。
周辺にそこそこ人はいるが、広大な磯のおかげで密度は低い。遠慮なく服を脱いで入浴させてもらおう。
湯船がコンクリでやや整えられているので小綺麗な代わりにツルツル滑る。気を付けながら腰を据えると普通に温泉な水温。波の音は波打ち際が引きすぎて聞こえないが、風景は完全に磯。最高に気持ちのいい野湯だ。
周囲もお湯がすぐに出ていかないよう補修がされていて、寝転べばしっかり浸かれるくらいの水深はある。
さて、湯船はもうひとつあるのでそちらにも行ってみよう。少し手の加えられた先ほどの湯船と違って、普通に磯の地形がそのまま残っていた。手を入れなければ温泉とは全く分からないビジュアルなだけに意外性があって素晴らしい。
入る前に湯船を観察していると湯船の中に動く影を感じた。何だろうかと目を凝らしてみると、普通に魚が泳いでいる…。
それどころか岩の隙間にウニもいるし、ナマコも棲んでいる。磯溜まりみたいな温泉というか、磯溜まりに温泉が流れ込んでいる、というほうが近いなこれ。
ウニを踏まないように気を付けながら湯船に足を踏み入れると、小魚が岩影に隠れていく。磯だわ、これ。水温はさっきの湯船よりはやや低いものの普通にあったかい。見た目は磯で温度は温泉、感覚がバグるようでめちゃくちゃ面白い。
岩はゴツゴツでうかつに動き回ると怪我しそうだし、窪んでいるのでさっきと違って入浴時の景色は空と岩しかないが湯船の中はいろんな生物が動いている。今まで入ったどの海の野湯とも違って個性的な入浴体験だった。
夏に、近くのビーチで海水浴のついでに来ても良さそうだ。素晴らしい野湯に入浴できた。実はこの後、別の野湯を探しに向かったのだが場所を勘違いしていて辿り着けず。場所は分かったので次の機会に取っておくことにする。
次は新潟県の山の野湯に向かいます。
↓【今回のダイジェスト】↓