冬の間は未発見の温泉を探す活動は休止していた。温泉があるような山は東日本ではたいてい雪山なので怪我して遭難したら死んでしまう。
そういうわけで今回は、南の島の野湯へ向かうことにした。目指すは伊豆諸島にある東京都の離島「式根島」。右を向いても左を向いても温泉が湧き出る温泉界のボーナスステージである。
寝て起きたらそこは、温泉が湧きまくる島
式根島は伊豆半島の南にあり、東京からは約160km。立派な離島だが、温泉地で言えば東京から長野の野沢温泉まで足を伸ばすのと同じくらいの距離。そう考えると土日で行って帰れる身近さがある。式根島は火山活動によってできた島なので、たまたま海の真ん中にあるだけで本土の他の温泉地と同様、火山があってそこに温泉があるというオーソドックスな温泉地とも言える。
東京から伊豆諸島へは竹芝客船ターミナルから船で行ける。しかも夜22時発、朝9時5分に式根島着という便利な便がある。寝てる間に離島に着いて朝から島で遊べる寝台列車スタイルだ。今回は2月で離島シーズンオフだったためこの便だけだったが、4月から1月は高速船が出ているので便によっては東京から3時間以内で行ける。
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仕事帰りの人々が改札に吸い込まれていく夜21時のJR浜松町駅。その流れに逆行して駅から海の方に向かって歩いていくと、すぐに人通りはまばらになった。そりゃシーズンオフの真冬だしな、そう思って竹芝客席ターミナルに入った。
…嘘でしょ。
急に、なにこの人の多さ!!夜も更けた東京の海辺にこんな熱気がある場所があったなんて。ちょうど同じ時間帯の新木場Studio Coast(ライブハウス)と同じくらいの人口密度である。どうやら伊豆諸島の各島へ向かう釣り客や春休みの大学生が多いらしい。ひっそりとした寂しい船出を想像していたが、全然違った。全員が全員、ハイテンション!
乗り込むのは「さるびあ号」という大型客船だ。東海汽船の客船には花の名前が付けられる伝統がある。この船の名前になっている「サルビア」とは学校の帰り道に小学生が蜜を吸うことでお馴染みのあの花である。
東京と伊豆諸島を結ぶ重要な交通で映画「天気の子」の主人公の男の子、森嶋帆高が伊豆諸島の神津島から家出同然に東京へ上京した時にもこの「さるびあ号」に乗っていた。ただの移動手段ではない、乗客の人生が交錯する船だ。
今回の出航時にも船上と岸辺でお互い見えなくなるまで手を振り合う人の姿が。あの2人は友人かそれとも家族か。2人はしばらく会えないのだろうか、勝手に想像を膨らませた。これぞ船出の醍醐味だろう。
出航とともに船内を見て回るとデッキやフリースペースのあちこちでワイワイと宴が始まっていた。
各々が静かに到着を待つ夜行バスの車内とは同じ夜行便でも全く違うこの雰囲気。どこかで身に覚えがある。
これは夜行列車「ムーンライト信州」と同じ雰囲気だ。
「ムーンライト信州」は登山やスキーの繁忙期限定で運用される臨時列車で、新宿を夜出て松本や白馬など北アルプスの麓に早朝到着する。寝台列車と違って横になれるわけではなく普通の座席で、しかも明かりも全く消えないというドSな夜行便である。夜行バスよりもタフな移動手段だが、それでも人気があった。登山の際に利用したが、深夜1時2時まで車内で酒盛りが続く賑やかな雰囲気だった。乗客の多くにとって、車内から旅はもう始まっていた。
さるびあ号でのこの時間も単なる移動ではなく、旅の一部なのだと感じた。
船内にはいろんなタイプの船室があって個人的には雑魚寝タイプの部屋を体験してみたかったのだが予約が満席だった。
取れたのは特1等という、ちょっといい相部屋・半個室の船室だ。
船内の浮かれた雰囲気を楽しんだ後で部屋に戻ると、相部屋になった外国の方は既に眠っていた。起こさないよう静かに荷物を取り出し、翌日の島での動きの計画を立ててからベッドに入った。
式根島に着くまで寝ていても良かったが、せっかくなので島に着くたびに起きて島を観察することに。乗客の半分以上は最初の伊豆大島が目当てだったようでかなりの人数が降りた。
そして、少し遅れて九時半ごろ、式根島に着岸した。
朝だし風があるのでまだ肌寒くはあるが、2月とは思えない気候だ。東京の4月頭くらいの陽気がある。緯度でいえば式根島は四国くらいなので「南の島」というには北すぎるが、温かい黒潮の中に包まれているので南国感がある。
島のHPには当然、美しい砂浜の海水浴場も載っているが、それと同じくらい大プッシュされているのが温泉である。
「憩の家」という室内の公衆浴場から「松が下 雅湯」という海辺に作られた解放的な露天風呂、そして「地鉈温泉」「足付温泉」という海の中に湧く野湯まで。観光資源として野湯が紹介されている自治体があるとは!
そして、ここで紹介されている温泉以外にも式根島には様々な野湯が点在しているのだが、式根島の野湯を巡る時にめちゃくちゃ重要な情報がある。それは潮の満ち引きの時間だ。
温泉入浴に制限時間がある島
式根島だけではなく、海辺にある野湯は山と違って入るのに制限時間がある場合が多い。満潮時でないと入れない、干潮時でないと入れないという縛りがあるのだ。式根島も干潮時だけ入れるという野湯が多い。満潮時には海中に沈んでいるのだ。
(↑こちらの潮汐表を基に作成)
こうなるとゲーム性が出てくる。潮の満ち引きの時間と野湯と野湯の移動時間を考えどう回ると1日でいろんな野湯に入れるか検討することになる。潮の満ち引きの時間はもちろん毎日変わっていくので、訪れるたびに戦略を変更する必要がある。まるで「不思議のダンジョン」シリーズの入るたびに形が変わる自動生成ダンジョンだ。トルネコ気分で温泉を攻略しよう。
昨夜動きのシミュレーションは済んでいる。この日は朝11時前に干潮が訪れるのだが、式根島の野湯は地鉈温泉以外は干潮時に回る必要があるという。早いとこ荷物を置いて出発しよう。
港に宿の方が車で迎えに来てくれてそのままチェックインできるので、朝九時台から式根島をフリーに楽むことができるシステムになっている。最高!部屋に荷物を置いて、玄関でご主人に「温泉に入りに行ってきます!」と伝えると、こう返ってきた。
ご主人「今日は温泉入れないよ」
…え?
何を言ってるのだろうか。
ご主人「残念だけど今朝、温泉をひいてるポンプが壊れて湯が張れないって島内放送が流れてましたよ」
ポンプでお湯を引いてるタイプの温泉は「憩の家」という室内公衆浴場と「松が下 雅湯」という露天風呂だ。来た日にちょうど壊れるかね!?いやいや非常に残念だが、僕が愛しているのは大自然の中で入浴する野湯なのだ。普通の観光客と一緒にしてもらっちゃ困る。ダメージは浅い。
僕「そうなんですか…!まあでも海辺に湧いてる野湯を巡ってきますね!」
ご主人「いや、地鉈温泉も足付温泉も入れないよ」
…は?
ご主人「去年の台風の影響でどちらも今入れないんだよね」
昨年の台風の影響で地鉈温泉は工事中、足付温泉は湯が出なくなっているそうだ…。
終わった。
絶望である。落とし穴で落ちた先がモンスターハウスだった心境だ。ポンプの故障は不運だが、よく見ると地鉈と足付に関しては観光協会HPトップにちゃんと入れない旨がアラート表示されていた。これはこちら側のミスである。ちゃんと剣を振りながら歩いていればかわせた落とし穴だ。(わからない人は「不思議のダンジョン」シリーズをプレイしよう)
こうなったからにはしょうがない。台風の影響があるとはいえ、まだ生きている野湯もあるはずなので公式HPには紹介されていない野湯を巡ることにする。ネットを見る限り4ヶ所ほど目星があるのだが、島の地図に載っていないので詳しい場所がわからない。干潮の間に回れるか!?
まずは「山海の湯」と名付けられた野湯を探しに向かう。ここは源泉の温度が非常に高いらしく、干潮は干潮でも海水とうまく混ざりあっていい湯加減になるタイミングを計る必要があるらしい。まずはここの場所を特定し湯加減を見よう。
「山海の湯」はこの日は入れないと言われた「松が下 雅湯」「足付温泉」の近くにあるので、通りすがり様子を見よう。
悲しい。海辺に作られた無料の露天風呂なんて滅多にないので入りたかったが、しょうがない。肩を落として先に進む。
1963年に刻まれた「しげよし」の「胃潰瘍 全快」の記念カキコである。今やるとヒンシュクものだが、今から50年以上前で達筆というところがいい。「東京緑(?)ヶ丘」と書いてあるのだろうか。胃潰瘍が治ったということは温泉に入りつつ飲泉したのだろう。かつての温泉客に思いを馳せることができるいいスポットだ。
さて、目的の山海の湯はこの足付温泉の少し先にあった。
もともとは「ふなりっと(船入浴)温泉」などと呼ばれていたが、式根島に住む”温泉仙人”こと奥山十治朗さんが整備したことで改めて「山海の湯」名付けられたそうだ。どういう条件を満たせば温泉の名付け親になれるのかは不明だが、羨ましい限りである。この未到温泉の捜索活動で新しい野湯を見つけたら、さすがに名前を付けることになるだろう。心構えをしておきたい。
源泉は岩の割れ間から涌き出ていた。地鉈温泉と同じように鉄分が多いのか茶色く染まり、水面にはうっすら温泉成分の湯膜が張っている。源泉の温度を計ってみよう。
源泉が低温だと式根島名物「海中温泉」は成立しないわけで、さすがの高温だ。この高温の源泉が潮の満ち引きで海水と混じりあって、タイミングによってぬるかったり熱かったり、ちょうどよかったりする。そのタイミングを計るのも式根島の野湯の醍醐味だ。昔からそういう野湯ファンはいたようで、こんな唄が伝わっている。
「式根よいとこ三宅を前に、お湯の加減を潮がする」
七・七・七・五のリズム、いわゆる都々逸(どどいつ)である。
※「ざんぎり頭を叩いてみれば、文化開花の音がする」のリズムで読もう
こういうの大好物だ。
「三宅」とは式根島のさらに南にある三宅島のこと。三宅島が見えるということは式根島の南側のまさにこの浜ということだ。そして天気もよかったのだろう。この都々逸を唄った先人もかつて同じようにこの浜を訪れ湯に入り、心を踊らせたのだ。先輩、僕も今、同じ気持ちです。今後「好きな都々逸」を聞かれたらこれを答えよう。
源泉が熱すぎるので、もう少し潮が満ちていたほうがちゃんとした水位で入れそうだ。
…まあ、でも入るか!こちとら、かなりお預けを食らって温泉ハングリー状態である。過酷な入浴条件も含め野湯の醍醐味だ。
干潮時にも源泉は海辺に流れ込んでおり波打ち際は温かい。源泉が高温なおかげで海水と混じる部分は気持ちが良い温度だ。この日はまだ2月。真冬の海に気持ちよく入れる不思議さも面白い。
近年、海と湯船の境が薄く海に入っているかのような気分になれる工夫がされた「インフィニティ温泉」が流行ったが、ここはそれどころではない。海と湯船が完全なるシームレス。海中温泉は「海を展望系露天風呂」の究極である。
これだけでも最高だが、もう少し潮が満ちた状態も良さそうだ。今はまだ潮が引いている途中なのでここには後ほど再訪することにして今のうちに他の野湯ポイントを巡ることにしよう。
潮が引いている間に次の野湯スポットへ移動しないとならないが、途中に面白いスポットがあるので寄っておこう。
これは「湯加減の穴」というスポット。
穴のすぐ下には源泉が流れている?ようで中は蒸気で満ちており、手を入れるとめちゃくちゃ温かい。
この先にある野湯、地鉈温泉の湯加減をここで確かめられる、ということで「湯加減の穴」だ。そのネーミングがなかったら、ただの「手を入れたら何かムワッとした熱気を感じる横穴」である。それを「この先の温泉の湯加減を確かめられる世にも不思議な穴」ということで島のHPに売り出す式根島民は優秀すぎないだろうか。このネーミングがあるかないかで穴の価値が大きく変わる最高のネーミングだ。いつからこの呼び名が使われていたのか分からないが、このネーミングをした本人に賛辞を送りたい。
次にやって来たのはこの海岸。このどこかに「釜下海中温泉」なる野湯があるらしい。
浅瀬を歩き回るとすぐに温かい場所にエンカウントした。山海の湯のようなパワー(湯温&湧出量)はないようで既に膝下くらいの水位になっている今段階では体ごと浸かるには冷たすぎる。ちょっと来たタイミングが遅く、もう少し潮が引いてる時間がベストだったようだ。
その場で足をグリグリして砂浜に足を沈み込ませると、いい足湯加減だ。海の中で足湯とは不思議な気分。さあ、干潮のうちに巡っておきたい野湯スポットがもう1つある。隣の石白川海水浴場に急ごう。
海水浴場に温泉が湧いているってどういう状態なのだろうか。そう思いながら浜辺を歩いてみたが温かさを感じない。海水浴場を裸足で往復したが温泉の気配がないので海水浴場から少しだけ外れて岩場の方にやってきた。
岩についたモスグリーンの海藻とターコイズブルーの海に白い砂浜。何と美しいのかと手を入れた瞬間、衝撃を受けた。
温かい!
上の画像で右手前の岩場と砂浜に囲まれた部分。こんな綺麗な場所はそれだけで最高なのだが何とこの場所、美しい上に温泉だったのだ。
今の時間、ちょうど波打ち際の砂浜から温泉が湧き出しているようで浜辺がとてもいい具合に温かい。すぐ入ろう!最高!
…何をやってるんだ俺は。
写真を見てすぐにそう思った。
南の島でビーチの波打ち際に1人横たわって自撮りして。
いや事実、最高だった。綺麗な浜辺がまるっと温泉になっているという極上の温泉はこれだけで旅の成果としてお釣りが来るくらいの価値があった。感動した。しかし、写真を確認すると「おっさんが何やってんだ」感がすごい。何だこれ。事実として温泉に入っているし、自分の身を持って温かさを体感しているのだが、自分自身この写真を温泉入浴中だと認識できない。ほぼ、グラビア撮影中である。
山の中で野湯に浸かっている写真は「すごい温泉に入りに行ったんだな」とちゃんと思えるが、波打ち際の温泉に浸かっている写真は「波打ち際に裸で横たわる男」としか認識できない。温泉に入ってるのに。”温泉トリックアート”とも言うべき新たな錯覚現象を発見してしまった。
まあ、もうそれはしょうがないとして。
それにしても奇跡的なロケーションである。源泉の色は確かめることはできないが、透明な源泉が湧き出していることで海水がよりクリアなブルーになっているのかもしれない。
2月だというのに浜辺でポカポカとは贅沢な体験だ。横たわっているとあまりにも温かいので「これもう泳げるんじゃないか」と錯覚してきた。
岩場に波が打ち寄せる「山海の湯」に対し、穏やかな白いビーチの「石白川海中温泉」。どちらも海の中に湧く海中温泉だが趣は大きく違う。海の野湯もまたバリエーションが多くて面白いものだ。
さあ、これで野湯巡りは終了だ。干潮の時間はまだ続いているのだが、今回は野湯が封じられまくっているので昨夜のシミュレーションむなしく時間が余ってしまった。あとは先ほど訪れた「山海の湯」がもう少し満ちてくるのを待ってから再訪しよう。
ひとまず、このシーズンオフに島内で唯一開いていると聞いた食堂へ。
焼肉定食を食べながら店内を見渡していると、とても面白いものを見つけた。
「露天風呂番付」である。「温泉番付」は以前、”東の関脇”である那須の回で紹介したがそれとは別に露天風呂での番付である。番付の作成者を「行事」と呼ぶが、この番付では温泉関係の著作が多い作家の野口冬人氏が行事を務めている。江戸時代にまだ大相撲に横綱がいなかったので「温泉番付」では大関が最高位だったが、この「露天風呂番付」は作成が1977年なので横綱が最高位となっている。
露天風呂の格付け最高位・横綱は東が「宝川温泉」(群馬)、西が「湯原温泉」(岡山)だ。
宝川温泉は先日の群馬みなかみ町の源泉探索でも訪れたが川辺に作られた超巨大混浴露天風呂がある。
岡山の湯原温泉も川底から砂を巻き上げながら湯が自噴する「砂湯」として有名だ。そしてその次点、東の張出横綱こそが式根島の「地鉈温泉」である。入れないのが改めて悔しい!横綱級の野湯、再訪を楽しみにしたい。
ご飯も食べたので、山海の湯が満ちる前に式根島を探索することにした。実は島内に他にもサーモ画像が反応している場所があるのだ。
というわけで黄色い丸のスポットを巡って野湯探しがてら歩くことにした。…のだが、この狭い島内で未発見の野湯はさすがに無く、成果は得られなかった。というか式根島はほとんどの海岸線が断崖絶壁で浜辺には近寄れなかった。なので報告は端折って島内で見つけた小ネタだけ掲載しておく。
そして島内の探索中にあまりに謎が深いものを発見した。島の南西部のトレッキングルート上にあったものだ。
見れば見るほど謎を呼ぶ看板「ネコネ場所 地元」。
看板が立っているのはトレッキングルート上なのだが、そのルートから外れる方向を指している。見た瞬間、異世界系の都市伝説「巨頭オ」を思い出した。文字化けしたような謎看板があらぬ方向を指しているとゾッとする。
ネコネって何だろう?ネコネという建造物?島伝統の行事の場所?何だかわからないが「ネコネ」の「場所」だということはわかる。しかし、である。その後に続くのは「地元」だ。
「ネコネ場所」→??
「ネコネ場所 地元」→!?!!!???
2ワード目でさらに謎が深まる看板って未だかつてあっただろうか。しかも、完全に自治体が作っているであろう、ちゃんとした看板なのに。
「ネコネ 地元」ならまだ想像のしようがある。まあ、ネコネの地元なのだろう。今までの人生で「〇〇の地元」という看板を一度も見たことが無いが、あり得なくは無い。それなら「ネコネ生誕の地」「ネコネゆかりの地」にしとけよ、とは思うが許容範囲だ。
しかし何度も言うが「ネコネ場所 地元」なのだ。そもそも「地元」とは【あるものと関係のある場所】のことだろう。「ある場所」の「地元」って組み合わせはありえるのか。悩んでいても仕方ない。とりあえずは「ネコネ場所」は人名ということで一旦、予想させてもらって、この看板の先へ進むことにしよう。「地元」の前に来るのは普通、人名だろう。「ネコネ場所」さん、変わった名前だがエッセイストだろうか。
看板の先に進んでみると他の遊歩道より明らかに踏み跡が薄い。そりゃ、あの看板を見て入ってくる観光客はあまりいないだろう。そして、目の前に現れたのはこの光景だ。
壮大すぎる。今日の異常な風の強さもあって迫力がエグい。大きくうねる水面と白波、そして圧倒的な青さ。向こうに見えるのは神津島だ。
しばし立ち尽くした。
この絶景を「ネコネ場所」氏も見たのだろうか、とも思ったが明らかに家が建つような場所ではない。「ネコネ場所=人名」説は外れているようだ。何だか分からないが言葉を失う絶景である。
ちょうどここからは御釜湾がよく見える。この御釜湾には式根島の裏ボス的な野湯「御釜湾海中温泉」がある。 切り立った崖の下の海辺にあるため、陸地側からは行けず船をチャーターして海側から向かわないとならない。しかも通常時は入れず年に数度、大潮の干潮が昼間に当たる日だけだ。どんだけハードル高いのか。
しかし「ネコネ場所 地元」があまりに謎なので島での滞在中に何人かに聞いてみた。しかし「いやちょっと分からないですね」「ねこね…ばしょ??」とむしろ名前も知らないレベル。自治体が看板作るレベルの場所なのにそんなことある?ストーリーを進めないとフラグが立たない系だろうか。もしくは島ぐるみで「ネコネ場所」を隠そうとしているのか。
しかし、宿に帰って女将さんに訪ねるとこう答えが返ってきた。
「ネコネ場所には大きな猫が住んでると言われてますよ。」
どうやら妖怪的な巨大なネコの住処、というのが「ネコネ場所」の意味だそうだ。文字通りネコだった。「ネコ寝」と書くのだろうか。そして問題の「地元」とは”地名”なのだそうだ。渋谷とか麻布十番とかと同じ”地名”だ。つまり「こっちにはネコネ場所と”地元”という名前の土地がありますよ」という看板ということ。島には不思議な地名がありがちだが、まさか「地元」が土地の名前とは。ここに実家があったら「俺の地元は地元」ということになる。一生、自己紹介に困らなさそうだ。
全ての寄り道が終わった、いよいよ潮の満ちた「山海の湯」に入ろう。この日の潮では昼の干潮時から約二時間ほど経過した時がちょうどいい湯量になった。これも潮の満ち引きの周期によるので各自その日のベストタイミングを確かめてほしい。
横になるには十分な水位だ。石白川海中温泉とは違って波が打ち寄せるのでその度に冷たい水が入って来るが、海の温泉感があってこれもいい。
石白川海中温泉と釜下海中温泉はできるだけ干潮時に、そして山海の湯は少し潮が満ちてからがベストだということがわかった。その経験値が手に入ったので今回入れなかった野湯も含めまた式根島攻略にぜひ再訪したい!
…と思っていたのだが強風のため島から出る船が全て欠航になり翌日も島に閉じ込められたので普通に次の日も入浴した。バカンスに来たもののアクシデントで絶海の孤島から出られなくなる、というのは金田一かコナンの作中でしか起こり得ないのかと思っていたが式根島ではたまに起こるので注意して欲しい。
飛行機は着く先が調布飛行場というのもレアで良いのでこちらもオススメ。
次回のレポートでは前回行ったのに発見出来なかった塩原の野湯にリベンジします。
↓【今回のダイジェスト】↓