今回の探索の舞台は日光よりさらに山岳地帯に入った「奥日光」と呼ばれる地域。日光という地域自体に初めて来たのだが、超有名観光地の日光東照宮、中禅寺湖を素通りして戦場ヶ原という場所に降り立った。
この日は小雨が降ったり止んだりという天候。山登りで雨だと、景色という最も重要な部分が削がれてしまうが、温泉探索に対してはマイナスではない。温泉探しに景色は関係ない。温泉さえ見つかってしまえばいいのだ。
そう、思うことにしている。
「戦場ヶ原」というからには、戦国時代に合戦場にでもなったんだろう、と思いながら歩いていたが、後で調べたら『中禅寺湖をめぐって男体山の神と赤城山の神が争った戦場』というのが由来だった。全然スケールが違った。
中禅寺湖をめぐる争いは日光の男体山側が勝ったらしいが、そもそも男体山の麓にある中禅寺湖の領有権を遥か向こうの赤城山が主張するとは、かなり無茶な言いがかりだ。今でこそ「そう、私が北関東の雄です」みたいな雰囲気を出している赤城山だが、そんな黒歴史があったとは。
そんな腕っぷしの強い男体山は火山だ。その西にある関東最高峰・日光白根山も火山。戦場ヶ原周辺はそんな火山に東西挟まれた地域なだけに、中禅寺温泉に日光湯元温泉と温泉地も点在している。日本は火山だらけなので温泉を探している身には探索候補地がたくさんあってありがたい。
戦場ヶ原は湿原になっていて、尾瀬と同じく木道の上を進むことができる。人が踏んで環境が損なわれないよう、保護のために木道があるので、逆にいえばここでは自由にあちこち歩き回ることができない。木道を歩いて戦場ヶ原を抜けて山側へ向かう。
しかし、実は戦場ヶ原を自由に歩き回れないのは人間だけではない。戦場ヶ原は増えすぎた鹿からの食害防止のために、高さ2mくらいある柵でぐるっと囲まれているのだ。
外敵の侵入を防ぐためにエリア全体を壁で囲んでしまう、とは相手が鹿なだけでほぼ「進撃の巨人」と同じ構図である。今回はその柵(ウォールマリア)の外側が調査エリアとなる。
戦場ヶ原を抜けて、沢沿いに温泉を探すをために山に入った。すると、すぐに湧水を発見。湿地ができるだけあってこの地域の水量は豊富だ。
マンホールみたいなものがあるが、これでどこかに水を引いていたりしているのだろうか。しかし、苔の鮮やかな緑に湧水が映えてとても美しい。温泉が湧いているのは当然好きだが、そうじゃない湧き水も好きだ。ずっと見ていられる穏やかな雰囲気がある。
沢を辿ってさらに奥に進むと山中に草原のような場所が現れた。
こんな緩やかで開けた土地は温泉探しでは非常に珍しい。後日、ドローンで撮影した映像を見ていて気づいたのだが、草原を歩いている様子をこういう後方からの見下ろし視点で撮るとゲーム画面みたいになる。
動物を仕留めてその肉を街で売るとお金が手に入るタイプのTPSゲームだ。
それはともかく、今回も川に流れ込む支流に手を入れ温度を確認しながら歩いていく。ここの標高は約1400mと富士山の御殿場口5合目くらいの標高があるので6月とはいえ非常に水は冷たい。
そうして沢を辿ると目の前に滝が現れた。
名もなき滝かと思いきや、庵滝という名前があるらしい。
100名瀑の「華厳の滝」を始め日光には滝が多い。日光四十八滝とか日光七十二滝と呼ばれているらしいが、ネットで調べると「どの滝が四十八滝に含まれているのかは不明」と書かれていた。
昔の誰かが雰囲気で認定したものの、ちゃんと地域の決裁を取らなかったのだろうか。そもそも七十二は多すぎるし、四十八は近くの「いろは坂」と同じく、いろは歌48音が先にありきで「ちょうどいい数」というだけだろう。
しかし、これだけの落差を持つ直瀑でこの美しさ、個人的には日光四十八瀑に認定したい。しばし、この場で滝を眺めながら朝食を食べつつ、さすがにこれ以上は進めないので来た道を戻って、別の探索場所に向かう。
今回の探索はこちらの探索地域が本命だ。湿地帯に水を供給する沢の中で温泉地にも近く、サーモ画像で見ても沢の流域に山中にぽつぽつと突然温度が高い部分が出現している。
しかも次に辿る沢だが、山の中に突然沢が現れては消えている。山の上のほうから流れ出して下流まで続かずに、すぐに消える沢筋。これは、奇妙だ。登山道などない本当にただの山奥なので、ネット上にも何の情報もない。下流まで沢が続いていないということは、温泉が湧いていたとして下流にその痕跡が残らないということ。未到温泉がある可能性もある。今回の探索地域で一番怪しい、この「幻の沢」を目掛けて登っていく。
幻の沢に向かって歩くと、その沢の方向に麓から枯れた沢がずっと続いていた。この枯れ沢の上流に本当に水が流れているのだろうか。
そして、もう1つ特筆すべきことが。このエリア、鹿がものすごい大群で生息している。写真におさめられるほど近寄れる訳ではないが、ちょっと恐怖を感じるレベルの密度で周囲を鹿が走り回っている。まるでファンタジーの世界の光景だ。
僕を遠くから見ている見張り鹿(?)が「キョーン」と鳴いて周囲に外敵の存在を知らせて群れが逃げていく。しばらく歩くと再び「キョーン」が聞こえてまた奥に逃げていく。いかんせん、僕が山の奥に向かって歩いているので奥に奥に逃げていく鹿たちと延々これを繰り返した。
防護柵(ウォールマリア)を越えて調査にきたが、鹿からしたら進撃の巨人はこちら側だった。
住みかを脅かして申し訳ない。
また、この辺りは「けもの道」もまた、凄い密度で存在している。
「けもの道」とは野生動物が通り道に使う通路である。動物も闇雲に山を歩き回るのではなく、歩きやすいコースをある程度決めて通っているので、そこに道のようなものができる。いわば、道路の元祖である。
登山者がけもの道を登山道と間違えて入ってしまい道に迷う、ということはよくあるが、この一帯のけもの道はちょっとすごい。今までに見たことのないレベルでくっきりと「道」になっている。鹿の生息密度が成せるけもの道の完成度だ。
そして枯れた沢をひたすら辿ること30分。これまで水の気配はなかったが、なんと突然、枯れ沢に水が現れた。
枯れ沢の上流には本当に沢が存在していた!しかも、その流れは一見する限り100mほど上から始まり、ここで終わっている。めちゃくちゃ短い幻の沢にたどり着いた。
では、「沢がここで終わっている」とはどういうことなのか。この沢の先端、「沢」と「枯れ沢」の境目はどうなっているかというと…
「沢の始まり」、つまり水が湧き出すところは何度か見たことがあるが「沢の終わり」というのは初めて見た。地面に水が浸透し、流れが消滅している。なかなか見れるものではない。
さて、問題はこれが温泉なのか、だ。恐る恐る、手を入れてみる。
いや、めちゃくちゃ冷たい。手を入れる→冷たいの一連はもう慣れっこだが、「これはもしかすると」という雰囲気が出ていてだけに落胆した。
「幻の沢」は温泉ではなかった。しかし、この辺りにはもう1筋、谷間がありサーモが反応しているポイントがある。そちらには地図上に沢があることさえ書かれていないが、ここまで来たなら調査する価値はある。山をもう少し登ってからその谷に回り込む。
めちゃくちゃ急だ。そしてもはや、鹿の気配さえない。この名もなき山の名もなき場所を歩いていると、ひょっとしてこの場所は有史以来まだ誰も踏み入ったことがなく、人類未到の地なんじゃないかと思うような瞬間がある。それくらい、人の痕跡が一切ない。わくわくする気持ちもあるが、同時に孤独感にも襲われる。
もう1つの谷にたどり着くと、そこには初夏だというのに雪が。そんな雪さえ残る谷から下山をしながら温泉を探す。時間的にはこのラインを探すのが最後のチャンスだ。
こちらはただの岩場で水の湧いている気配はない。やはりこちらには沢はないか、と思っていた矢先、上から水の流れる音が聞こえて来た。
谷と谷の合流地点。合流したもう一筋の方の谷の上部に水から水の流れる音がする。さっきの沢より大きな音だ。地図上に示されていない所に水の気配があったら、温泉探索家としては行くしかないだろう。くたくた、だけど!
もう一度、山を登り返した。
200mほど登り返すと、やはり沢が現れた。今回も途中で流れが途切れている「幻」パターンである。
そして、よく見ると沢の上の方に何か白くなっている場所がある。白という色は温泉と馴染みが深い。硫黄の沈殿物はPHによって黒や白や黄色になるのだ。え、ちょっとテンション上がってきた。
最後の最後に心がざわめく。
水に鼻を近づけてみると、何か匂いがするような気もする。「気もする」というのは、1日中、山の中を歩いていると山特有の土や緑の匂いを嗅ぎ過ぎて、よく分からくなっているのだ。
手で温度を確かめるのは簡単だが、今回は温度計を突っ込んで、せーの、で見ることにみた。間違いなくこれが今回最後の水温計測。盛り上がりが必要だ。
せーの。
7.6℃…
さっきより冷たい。
温度計に結果をゆだねたことで「むしろ水温が下がる」というわかりやすい展開が出来たので良しとするか。
奥日光での最初の探索は空振りに終わった。しかし、枯れ沢の上流には沢が残っていることもある、という重要な経験も手に入ったし、この辺りにはまだまだ怪しいスポットがあるので今後も探索の価値がある。
次回は那須でエクストリームな野湯を3つ巡ります。
↓今回のダイジェスト↓